隠れお嬢様と敏腕上司の㊙恋愛事情
「この部屋に来るのって久しぶりでしょ?」
「ええ、社会人になってからは来ていませんでしたから」

高井の両親は応接間に入ったけれど、私はお屋敷の二階にある洋室に来ていた。

「ごめんなさいね、桃ちゃん。この部屋も来月にはなくなってしまうのよ」
「大丈夫ですよ、私にはここに暮らした記憶もありませんし」

庭に面した眺めも日当たりもいい部屋は、かわいらしい壁紙とレースのカーテンがかかり、いかにも女の子の部屋を連想させるたくさんのぬいぐるみが置かれている。

「でも、この部屋は桃ちゃんの部屋だから・・・」

望愛さんとしては壊してしまってごめんなさいと言いたいのだろう。

「本当に平気ですから、気にしないでください」

この部屋は私が生まれると同時に一条の両親が用意したもの。
女の子らしくしたいと思ったのか家具も敷物も淡いパステルカラーで統一され、ローチェストの上には当時用意したベビー用品が今だに置いたままになっている。

実は、高校時代初めておじいさまに会った時、「私が君の祖父だ。見せたいものがあるからおいで」と言われ私はここにやって来た。
もちろん、普段なら初対面の人について行くなんてしないけれど、当時の私は両親とももめていたから家にも帰りたくなくて、おじいさまの言葉を信じてついて来てしまったのだ。

「思い出の品は保管しておくつもりだけれど、桃ちゃんもいるものがあれば持って帰ってちょうだい」
「はい、じゃあこのぬいぐるみを」

そう言って手にしたのは大きなクマのぬいぐるみ。
これは一条の両親が私のために買ってくれたものだとおじいさまに聞いているから、記念にもらって行こう。
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