香らない恋もある。

6.逃走

「三十七度二分。だいぶ下がったわね」

 母が体温計を見て、ホッとしたような表情をする。
 わたしはベッドの上でぼんやりとしながら、「うん」とだけうなずいた。

 あれから――学校にカバンを忘れた次の日、わたしは風邪をひいた。

 喉が痛いのは、失恋のせいじゃなくて風邪。そりゃそうだよね。
 一週間も寝込むほどの風邪をひいたのに、蓮の顔を見なくて済んでホッとしている自分もいる。


 わたしはもぞもぞと布団の中に戻りながら、机の上に置いたカバンに視線を向けた。

 学校に忘れたカバンは、あの日、蓮が家まで持ってきてくれたと母から聞いたけど、わたしは蓮には会わなかった。
 連絡はすべて無視をしたし、蓮がお見舞いに来たと母から聞けば、帰ってもらっていたのだ。

 罰ゲームのわたしに、わざわざ連絡をしたりお見舞いに来たりしなくてもいいのに。

 そんなふうに思っていたけど、今、わたしはどうしうよもなく蓮に会いたいし、一週間前から触っていないスマホで蓮からのメッセージを確認したい。

 だけど、会うのも、メッセージの内容も見るのも怖い。
 それでも、蓮に会いたい、メッセージを見たいの無限ループ。

 いっそのこと嫌いになれたらどんなに楽だろう。
 そんなことをうだうだと考えていたら、睡魔が襲ってきたので、あっさりと睡魔に敗北しようとしたその時。

 電話が鳴った。

 わたしはぼんやりしながらスマホを掴んで操作をする。
 画面に表示されているのは、蓮の名前。

 心臓が飛び上がり、出るのをためらったけれど、もうハッキリさせようと腹をくくった。
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