香らない恋もある。
 肉まんだ。

「おれがあの日ここで隠れてた時、萌香が肉まんを差し出してくれたんだよ」

「そうだっけ?」

「そうだよ。覚えてねーのか」

 わたしはトンネルを出て、肉まんを受け取る。

 それと同時に、甘く優しい香りの源は蓮だと気づいた。
 じゃあ、蓮が家出をした時に嗅いだ香りは、蓮からだったんだ。
 でもいつもはこんな香りしないのに……。

「おれはあの時に肉まんを差し出した萌香を見て、天使みたいだなあと思ったんだよ」

 蓮の言葉は、香りの疑問に支配されて右から左へ。

「おい、聞いてんのか? こんなこと年に一度くらいしかいわないぞ!」

「年に一度……」

 わたしはそこで、とある花を思い出す。

 月下美人という花は、年に一度おまけに夜にしか咲かないと聞いたことがある。

 じゃあ、蓮から恋の香りがしなかったんじゃなくて……。

「蓮は、本当の意味でレアだったんだ」

「なんの話?」

 蓮は不思議そうにいうと、肉まんにかぶりつく。

 その横顔を見た途端、彼がどうしようもなく好きだと伝えたくなった。

「蓮、わたし、蓮こと、すごく好きだよ」

「えっ?」

 わたしの言葉におどろいた蓮が、ぽろりと肉まんを地面に落とした。

「ああっ!」

「あーあ。なんで大好きな肉まんをそんなに地面に落とすかなあ」

 わたしはそういいながら、自分の肉まんを半分こした。

 蓮は、「ありがと」と肉まんを受け取り、それからひとりごとのようにいう。

「萌香と、こうして関節キスするために、わざとだよ」

「絶対にうっかり落としただけでしょ」

 わたしがツッコミを入れると、ふたりで笑い出す。

 お互いに顔は真っ赤だった。

 <おわり>
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