非・溺愛宣言~なのに今夜も腕の中~【コミカライズ原作】
「私が行きます……」

 そう言いかけた一毬に、湊斗が首を横に振りながら優しい目線を送る。

 『大丈夫』

 湊斗は眉をそっと上げると、口元を動かした。


「でも……」

 一毬がためらっていると、もう一度湊斗が小さく一毬に笑いかける。

 今ここで不自然に一毬が申し出れば、湊斗と一緒に暮らしていることが、明るみになってしまうかも知れない。

 一毬はようやく納得すると、湊斗に向かって小さくうなずき返した。


「社長。すぐ表にタクシーを手配します」

 楠木がよく通る声で手短に告げ、駆け足で自分の席に戻ると受話器を取り上げる。

「頼む」

 湊斗はそう答えると、黙ったまま呆然と立ち尽くしていた社員たちに目を向けた。


「イレギュラー対応で迷惑をかけるが、各々よろしく頼む」

 湊斗は一人一人の顔を見つめた後、深々と頭を下げる。

 初めて目にする湊斗の姿に、誰もがはっとする様子が伝わってきた。

 自然とフロア内には、湊斗を支持する拍手がおきている。


 しばらくして顔を上げた湊斗は、隣で泣き崩れている矢島のそばにしゃがみ込むと、そっと肩に手をかけた。
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