一晩だけのつもりだったのに、スパダリ専務の甘い手ほどきが終わりません……なぜ?

「でも……」
「貴女ね!私の服を勝手に着たのは……!」

 思い悩む光莉の声を遮るように、黄金塚歌劇団出身の無駄に張りのある声がアパートの外廊下に響き渡る。

「露希……」

 黒のサングラスにペイズリー柄のスカーフを頭から被った露希はいつ不審者に間違えられてもおかしくない風体で現れた。
 ああ、そうだった。露希が素直に兄の言うことを聞いて、車で待っているはずがなかった。本当に迂闊だった。

「もしかして、瀧澤専務の妹さんですか?勝手にお洋服をお借りして、本当にすみませんでした!」

 怒り心頭の露希が光莉にどんな罵詈雑言を浴びせかけるのかと危惧していたが、久志が思うような修羅場が始まる気配は一向になかった。それどころか……。

「それ、期間限定ポップアップストアの限定品……?」

 露希は光莉が着ていたTシャツにプリントされている二頭身のちょんまげヘアのキャラクターを指差した。刀ではなく、きゅうりを腰から下げている姿に妙な愛嬌がある。

「あ、ご存知なんですか?『ヨヨヨ侍』っていうんですけど……」
「知っているに決まっているわ!」

 露希はドヤ顔でスマホを掲げた。

「それ……!ネットで即完売したリラックマ子ちゃんとのコラボケースですね!」
「苦労して手に入れたのよ!」
「すごーい!羨ましいです!」

 露希は光莉に羨望の眼差しを向けられむっふーと得意げに鼻を膨らませた。

(どうしたらいいんだ?)

 妹と想い人が妙なゆるキャラの話で何故か意気投合している。
 露希が訳のわからないキャラクターグッズばかり集めていることは知っていたが、こんなところに同志がいるとは思わなんだ。
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