一晩だけのつもりだったのに、スパダリ専務の甘い手ほどきが終わりません……なぜ?

「瀧澤専務?」
「出水さん?なんで?」

 瀧澤専務の名前を聞いた法人営業部内にどよめきが走った。内線の内容はさざなみのように伝搬し、一体何事かと光莉に好奇な目が向けられる。
 言わずと知れた平社員の光莉には、瀧澤専務から直接呼び出される理由に心当たりがなかった。

(本当に私なの……!?)

 なんで呼び出されたのかって?
 そんなの呼び出された本人が一番聞きたい!

「光莉ちゃん……。何をしでかしたの!?正直に言いなさい!」

 先輩である柳瀬小雪(やなせこゆき)はトレードマークであるしなやかなポニーテールを揺らしながら光莉の元へ一目散にやってきた。
 目をカッと見開いた柳瀬に肩を掴まれガクガクと揺さぶられると、心当たりがないにも関わらず何かを白状したくなってくる。目鼻立ちのくっきりした美人の柳瀬に真顔で詰め寄られると、かなりの迫力があった。

「わ、私にもなにがなんだか……!わ、わかりませんっ!」

 光莉は混乱する頭で辛うじて柳瀬に訴えた。
 上層部からの呼び出し=叱責という不名誉な図式が出来上がっていることは、とりあえず意識の端に置いておく。
 ともかく、理由は分からないが、瀧澤専務は光莉をご指名らしい。

「行って参ります……!」

 光莉は取るものもとりあえず、死地に赴くような覚悟で泣く泣く役員室へと向かったのだった。

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