出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
4.間違いを終わらせましょう
「大丈夫……。きっと、上手くできるから」

 二ヶ月半ぶりに訪れたホテルの最上階の廊下。レストランまで続く絨毯を見据えて実乃莉は小さく呟いた。

 足元を飾るのは赤いピンヒール。これを履くのはまだ二回目だ。最初にこれを履きここにやって来たときは、その心の不安を表すようにグラグラとおぼつかない足取りだった。
 けれど今は違う。たった二ヶ月半の間に大きく成長し、今の心の内を表すように揺るぎなく真っ直ぐと歩いていた。

 穏やかな秋空の続く十月上旬の三連休の真ん中、日曜日の昼。
 レストランの入り口に近づくと、実乃莉は羽織っていたアイボリーのコートを脱いだ。
 おそらく今からレストランに入店するだろう年配の夫婦は、実乃莉の姿を見てギョッとしているようだ。
 季節感の合わない背中の開いた黒い透かし編みのニットとデニムのショートパンツは、どうみてもこの場にそぐわないのだから。けれど実乃莉は、それを気にすることもなく背筋を伸ばし、風格さえ感じさせるくらい堂々と歩いていた。

「いらっしゃいませ」

 実乃莉を出迎えたスタッフは、偶然なのか前と同じ男性だった。

「予約しておりました鷹柳です」

 名前を告げると男性は恭しくお辞儀をする。

「お連れ様は先にお越しです。お席にご案内いたします」

 目配せされた先に立つ男性は、慣れた様子で実乃莉を促す。

「こちらでございます」

(この方も……経験を積まれたんだろうな……)

 高木に対しオドオドしていた面影は微塵もなく、そつなく自分を案内するあの男性の背中を眺めながら実乃莉は思った。

 案内された席まで来ると、男性は実乃莉を促す。

「こちらでございます。では、ごゆっくりお寛ぎくださいませ」

 一礼する男性に「ありがとうございます」と礼を述べてから席に着く。その席の向こう側に見えるのは、最初に龍と出会ったときに案内された席だ。そして今いるのはその席の隣。本当ならあの日、実乃莉はここに座るはずだった。

「お待たせして申し訳ありません。……龍さん」

 あの日と同じ、龍はスーツ姿だった。その胸元を飾るのは実乃莉が贈ったネクタイ。それを見ただけで泣き出してしまいそうな気持ちを、実乃莉はグッと堪えた。

「実乃莉……。元気だったか? 長い間留守にして悪かったな」

 約十日ぶりに眺める龍の顔はどこか疲れているように見える。そしてとても戸惑っているようにも。

「……はい」

(本当は大丈夫じゃない。会いたかったです、龍さん)

 裏腹な感情を抱えたまま、実乃莉は笑みを浮かべて答えた。
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