絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる

「フランチェスカ様。シドニア領は王都とは違います。御身がお過ごしになるには、いささか」

 こちらを見おろしながら、ためらいがちに繰り出されるマティアスの声はかなり低いが、活舌はよく声もよく通った。なめらかなビロードのようなしっとりとした色気がある。

(あら……とっても美声だわ)

 体が大きく分厚いからだろう。体は楽器のようなものだから、当然と言えば当然なのだが。
 そんなことを考えつつも、フランチェスカは背中を仰け反らせながら、長身のマティアスを見上げる。

「確かに私は『十歳になる前に死ぬ』と言われて育った箱入り娘です。病弱な妻など、妻として機能するかどうかご不安にもなるでしょう」

 そう言い切った瞬間、マティアスの眉が少しだけ下がる。

「妻としての機能など……別にそういうことを言っているわけではないのです。ただこの地は王都に比べて不便も多いですから、都会育ちのあなたには無理だと言いたいだけです」

 ためらいながらもはっきりとキツイことを告げる彼の言葉から、不思議とフランチェスカを心配しているような気配を感じて、ほんの少し気持ちが楽になったがそれはそれだ。

「マティアス様、私は王都で貴族として暮らすことになんの魅力も感じておりません。私もなんだかんだと十八まで生き延びましたし、今は元気です。このシドニア領主の妻として、立派に責任を果たす所存ですっ!」

 フランチェスカには、どうしても失いたくない夢がある。
 その夢を今後も追いかけ続ける代わりに、侯爵令嬢の自分に差し出せるものは、なんだって差し出すつもりだった。
 与えられるだけの人間でいたくない。
 意気揚々と、自信満々に見えるように胸のあたりをバシッと手のひらで叩いたのだが。思いのほか力が強すぎたらしい。
 次の瞬間、くらりと眩暈がして――一瞬で、目の前が真っ暗になった。
 自分を必要以上に良く見せようと、調子に乗ってしまった。後悔先に立たずである。

(あ、まずいわ)

 焦ったが、ゆっくりと体が前のめりに倒れてゆくのを止められない。
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