甘い罠、秘密にキス

「…桜佑、お願いだから離してよ」


正直に言うと、この温もりから離れ難い気持ちはあった。だけど御手洗にだって行きたいし、昨日あのまま眠ってしまったからシャワーだって浴びたい。

そしてなにより、このまま抜け出せなくなりそうな自分が怖かった。


「なんで?もしかして何か予定でもあんの?」

「そうじゃないけど…ほら、昨日結局お風呂にも入れなかったし」

「だったら今から一緒に入るか?」

「入るわけないでしょ」


速攻で断る私に、桜佑は「昨日の素直で可愛い伊織を返せ」とお腹をくすぐってくる。


「ちょっとバカ!やめてよ、くすぐったいってば!」

「だったら一緒に入れよバカ女」


意地悪で口調も荒く、一瞬昔のガキ大将桜佑に戻ったのかと思った。昨日の驚くほど甘くて優しい桜佑は、夢だったのかと。

けれど次に聞こえてきたのは楽しそうな笑い声で、再び私を腕の中に閉じ込めると「このままずっとこうしてたい」なんて耳元で囁くから、一気に体温が上昇した。


「今から婚姻届でも出しに行く?」

「どうしてあんたはいつも話が飛躍するの」


顔だけ後ろに振り向いて、おかしな発言ばかりする男をじろりと睨む。
けれど桜佑は動じるどころか、目を細めて私を見つめる。


「お前のこと、幸せにする自信あるんだけど」


……悔しいけど、それは否定出来ない。

昨日の桜佑は、本当に優しくて頼りになったから。この世で一番私を理解して、寄り添ってくれる人なんじゃないかと思ったから。

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