甘い罠、秘密にキス

どうやら桜佑は彼女にあれだけアプローチされておきながら、少しも靡いていないらしい。思わず安堵の息を吐いたけれど、ふと疑問が浮かんだ。


「桜佑って、甘えられたいとは思わないの?」


私は井上さんの甘え上手なところを見て、純粋に羨ましいと思った。煮区厚さんの言った通り、仕事は出来るのにたまにおっちょこちょいなところにギャップがあって、そこも可愛くて。

自分が男なら、つい構ってしまうと思う。
私もあんな風になれたらって、何度も何度も考えたけど、桜佑は何とも思わないのだろうか。


「甘えられたいって、誰に?」

「そりゃあ、そのへんの女子とかに…」

「そのへん…?お前の言う甘えるっていうのがどういう感じか分かんねえけど、お前以外の女に甘えられても気持ち悪いかな」


そ、そうなのか。全人類の男性が、ああいうタイプに弱いのかと思ってた。

いやでも待てよ。私以外の女ってことは…。


「…私はいいの?」

「当たり前だろ。むしろ甘えられたらもっと好きになるかも」


それは本当?井上さんがあれだけ上目遣いで可愛らしくアピールしても、何も感じなかったくせに?


「…逆に聞くけど、桜佑はどうやって甘えられたら嬉しい?」


あれ、ちょっと待って。これじゃまるで、もっと好きになってほしいって言っているようなものじゃないか。


「なに、もしかして甘えてくれんの?」

「いや、あのね桜佑、これはその…私ってずっと女性らしくなりたいって言ってるでしょ?でも…なんだろ、私今まで甘えられることはあっても、甘えたことなんてなくて。ほら、こんな見た目だし、それこそ気持ち悪いと思うから。でも、さっき切った野菜を見て分かったと思うけど、やっぱり料理は壊滅的だから、せめてそういうところで女性らしくなれたらって…」


完全にテンパっている私は、苦し紛れの言い訳を矢継ぎ早に紡ぐ。けれど桜佑はいたって冷静で、私の言葉を聞き終え、少し考えるような仕草を見せたあと、静かに口を開いた。


「つまり、上手に甘えられる女になりたいってこと?」

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