甘い罠、秘密にキス

合っているような、いないような。どう返せばいいのか分からず黙ったままでいる私に、桜佑は続けて口を開く。


「それが、最近お前が抱えてた悩み?」


お鍋のぐつぐつという音が、やけに響いて聞こえる。そんな中、私がずっと抱えていたこのモヤモヤを、どう表現すればいいのか必死に言葉を選んでいた。


私はどうして甘え上手になりたかったんだっけ。もっと女性らしくなりたいから?

──いや、もっとシンプルなものな気がする。


「伊織?」


私がなかなか言葉を発さないからか、痺れを切らした桜佑が「聞こえてるかー?」と、私の顔の前で手をヒラヒラさせる。

その大きくて男らしい手をぼんやりと見つめながら「桜佑」とゆっくりと口を開くと、彼は「うん?」と優しく目を細めた。


「…私()、甘えたい…な」


あ、そうだ。井上さんが羨ましかったのは、甘え上手だからとか、ギャップが可愛いからだとか、小柄で胸が大きいとか、そんなんじゃない。

そうじゃなくて、桜佑に甘えられる井上さんが純粋に羨ましかったんだ。そんな彼女を見て、桜佑の気持ちがどんどん彼女に向いてしまうんじゃないかと思うと、不安で仕方がなかったんだ。

私も、桜佑にもっと好きになってもらいたい──井上さんを見ていると、いつの間にかそんな我儘が私の中を支配していた。どうしようもなく、モヤモヤが止まらなかった。


「桜佑に、甘えてみたい」

「………」


一瞬目を見開いた桜佑だけど、すぐに破顔すると「そんなの、いつでも受け付けるけど」と、掴んでいた私の手首を引き寄せ、腕の中に閉じ込めた。


「…甘え方が、ほんとに分かんなくて……」

「別に言葉とかいらねえだろ。こうして抱きついてくれたらいい」


そうなんだ。知らなかった。
私って見た目は男っぽいくせに、男心を理解するのは苦手らしい。

< 173 / 309 >

この作品をシェア

pagetop