甘い罠、秘密にキス

おずおずと大きな背中に手を回すと、私を抱き締める力がより強くなった。


「てか、こういうの俺だけにしろよ」

「え?」

「他の男にはこんなことするなよって言ってんの。変に女っぽくなろうとすんな。余計なことは覚えなくていい」


お前はたまに突拍子もないこと言い出すから困る。桜佑はぶつぶつと呟きながら、私の髪をくしゃりと撫でる。

そして「つか可愛すぎんだろ」と独り言のように零し、突然私の耳にチュとキスを落とすから、不意打ちを食らった私の身体は、ピクンと大きく跳ねた。


「ちょ、ちょっと待って桜佑」


そのキスは一度にとどまらず、何度も落ちてくる。その度に身体が反応してしまうけど、慌てて制止をかけると、桜佑は「は?」と不服そうに眉を顰めた。


「とりあえず、すき焼きを…」

「……」


鍋の中でぐつぐつ煮立っているすき焼きは、いつの間にか白菜やネギがくたくたになっていた。

その鍋を一瞥した桜佑は、はぁ、と大きな溜息を吐いて、キッチンに向き直る。


「今のじゃ絶対足りてねえだろ」

「………うん、まぁ」

「あああああああ」


桜佑の言う通り、正直言うともう少し甘えていたかった。そのことを素直に伝えると、桜佑は眉間に手の甲を当てながら変な声を出していた。


「なんか一周回って腹立ってきた。さっさと食って、帰る時間までひたすらイチャついてやる」


桜佑は不機嫌そうに独り言を呟きながらも、素早く手を動かしていく。
そんな彼が、焼き豆腐をまな板に乗せ、包丁を握る様子を隣で見守りながら、静かに口を開いた。


「ねぇ桜佑、ひとつ我儘言ってもいい?」

「おー、お前の我儘ならいくらでも聞いてやるぞ」

「…今日、泊まってほしい」


ダーーン!
桜佑が握っていた包丁が、物凄い勢いでまな板に振り落とされた。まな板の上の焼き豆腐は、綺麗に真っ二つになっていた。

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