甘い罠、秘密にキス


「なんで私って分かったの」


トイレではなく休憩スペースに桜佑を連れ出した私は、他の人に見られないよう彼を壁に追い詰める。


「むしろなんでバレてないと思ったのか知りたいんだけど。あの“はじめまして”はウケ狙いかと思ったけど、本気だったわけ?」

「……」


大マジ中の大マジですよ。“はじめまして”の合図で、過去が全てリセットされる予定だったんだから。


「…私に似てるだけで、別の人かもしれないと思わなかったの?」

「思わねーよ。だってお前が同じ会社なのも知ってたし、そもそもこんな背の高い女離れしたヤツ、伊織しかいねえから」

「……」


“伊織”
久しぶりに桜佑にその名前を呼ばれ、ドキリと心臓が跳ねた。普段は“お前”とか“オスゴリラ”を使うから、不意に名前で呼ばれるとくすぐったくなる。

そんな私を余所に、桜佑は「つか人を連れ出す口実が“髭の剃り残し”ってなんだよ」と破顔する。
さっきオフィスで見たのとはまた違う笑顔に、不覚にも目を奪われてしまった。

もう完全に桜佑のペースだ。


「でもなんか安心したわ。昔と変わらずオスゴリラのまんまで」

「それ、皆の前では禁句だからね。ていうかいい加減その呼び方やめてよ。あんたの脳みそは小学生でストップしてんの?」

「…まぁ、ある意味そうかもな」

「はい?」


意味深な言葉を呟く桜佑に、思わず眉を顰める。
すると透かさず、その皺の寄った眉間目掛けてデコピンが飛んできて、「いてっ」と小さな悲鳴が漏れた。


「てことで、これからよろしく頼むぞ俺の部下」

「~~~~っ!」


私の横をすり抜ける間際、こっちを見下ろしながらニヒルに笑う桜佑と目が合った。


──こんな上司、絶対嫌なんですけど?!

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