甘い罠、秘密にキス
「避けてたのには理由があって…」
「やっぱ避けてたのか」
「うっ…ごめん、まさか気付いてると思わなかった…」
微かに傷付いたような表情を見せる桜佑に、思わず胸が痛む。慌てて「でも愛想を尽かしたとかそういうことじゃないんだよ」と否定すると、桜佑は怪訝な目で私を捉えた。
「むしろ、全然悪い意味じゃなくて」
「…悪い意味じゃない?」
「うん…悪い意味じゃなくて…最近桜佑の顔を見ると緊張して、頭が真っ白になっちゃうからで…」
「……」
「そうしてる内に、だんだん目を合わすのも恥ずかしくなって、今までどう接してたのかも分かんなくなって…」
やばい、吐きそうなほど緊張する。心臓の音が桜佑に聞こえてしまいそうなくらい、激しく音を立てている。
桜佑は、私が今から何を言うのか察したのか、熱を孕んだ目でじっと見つめてくる。
まぁここまで言えば、私の気持ちが伝わっていても不思議ではない。でも私は、自分の口から好きって伝えたい。
…伝えたいのに、このたった2文字を声に出すのに、とてつもなく勇気がいる。告白って、こんなにも緊張するんだ。
「だからその、何が言いたいかって言うと…」
「……」
「私も、桜佑のことが…」
──好き。意を決して、そう言いかけた時だった。
突如部屋に響いたのは、ガチャガチャというドアノブを回す音。やけに大きく感じたその音に、私と桜佑はビクッと同時に肩を揺らした。
「あれ、日向こんなとこにいたのか。よく見れば佐倉も一緒じゃん」
「いやー佐倉のお陰で探していたファイルが漸く見つかったー。アリガタイアリガタイ」
「イエイエこれくらいお易い御用デスよひゅーがリーダー」
「あれ、そこにいらっしゃるのは伊丹マネージャーじゃないですか。オツカレサマデス」
「オツカレサマデース」
「なんだお前ら」
咄嗟に距離を取り、その辺にあったファイルを小脇に抱えた桜佑が、アドリブで片言の台詞を放つ。それに合わせて言葉を紡いだ私は、桜佑以上に片言だった。
貼り付けた笑顔で伊丹マネージャーに会釈する。そんな私の背中には、大量に変な汗をかいていた。
滅多に人の入らない資料室。まさかの展開に、思わず肩を落とす。
伊丹マネージャー、タイミング悪すぎでしょう。いつもやる気ないくせに、どうしてこういう時に限って「S社のファイルどこどこだっけなー」って真面目にファイルを探してんの。
せっかくもう少しで言えそうだったのに。やっと伝えられそうだったのに。
でもここまできたなら、せめて態度で示したい。
「日向リーダー」
伊丹マネージャーが私達に背中を向けた。そのタイミングで、囁くように桜佑の名前を呼んだ。
「…っ、」
私に視線を移した彼の、ジャケットの襟元をくんっと引っぱる。そのまま自分から唇を重ねると、桜佑の目が大きく見開かれた。