甘い罠、秘密にキス

すぐに唇を離し、再び距離を取る。不意をつかれた桜佑は、目を開いたままポカンとしていた。


「日向、ちょっといいか?」

「あ、はい」


伊丹マネージャーに呼ばれ、ハッとした桜佑は私に視線を向けたまま返事をする。
どこの会社のものかも分からないファイルを片方の腕で抱えていた桜佑は、空いた方の手を急にこちらに伸ばしてきたかと思うと、私の耳元にそっと触れた。

そこにあるのは、桜佑がくれた小さなピアス。そのピアスを視界に捉えた桜佑は、満足げに目を細める。そして名残惜しそうに手を離すと、踵を返し伊丹マネージャーの方へ行ってしまった。


(好きだ…。この気持ち、少しでも伝わってたらいいな)


その大きな背中を見つめながら、たった今向けられた笑顔を思い出し、思わず笑みが零れる。


今度こそ、絶対に気持ちを伝える。


そう心に決めて、ポケットからスマホを取り出す。私に背を向けて話をしているふたりを一瞥してから、メッセージアプリを起動した。

桜佑とのトーク画面を表示させ、素早く打った文字を、迷うことなく送信する。


“今晩会える?さっきの話の続きがしたい。どうしても桜佑に伝えたいことがある”


ちゃんと送信出来たことを確認してから、再びスマホをポケットにしまう。そして「先に戻りまーす」と小さく声を掛けてから資料室を出た私は、小さく深呼吸してからオフィスに戻った。


数十分後に返ってきたのは“分かった”の一言。


──今度こそ、上手く伝えられますように。

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