甘い罠、秘密にキス

「明日は私がご飯作るよ。簡単なのしか出来ないけど」


うどんをすすりながら、私でも簡単に出来そうな献立を考える。だけど、普段から料理をしない私にはレパートリーが少なく、頭に浮かぶのは焼きそばやカレーといった、やっぱり茶色いものばかり。


「明日か…お前の手料理の前に、やっておきたいことがあるんだけど」

「やっておきたいこと?」


何か思い付いたように口を開いた桜佑は、箸を一旦置いて立ち上がる。その様子をぽかんとしながら見つめていると、引き出しの中から1枚の紙を取り出した彼は、再びテーブルに戻ってきた。

なにも言わず、その紙をテーブルに置く桜佑。自然とその紙に視線を向けた私は、そこに書かれている文字を見て、思わず目を見張った。


「ちょ、桜佑さん、これってもしかして…あれ(・・)ですか?」

「そう、あれです」

「さすがに気が早すぎませんか?!」

「ばか、誰も今すぐ提出するなんか言ってねえよ」

「あんたなら言いかねないでしょうよ?!」


そう、桜佑が持ってきたのは、散々脅しに使われてきた婚姻届。まさか本当に持っているとは思わず、その紙を見つめたまま唖然としてしまう。


「提出しないなら何をするつもりなの?記入だけしておくとか?」

「それはいつでも出来るだろ。そうじゃなくて、婚姻届には証人欄(・・・)があるってこと知ってるか?」

「証人…欄…」


それは勿論知っている。姉が入籍する時も、母がその証人欄に記入をしていた。

…てことは。


「明日、おばさんに会いに行くぞ」

「明日?!」

「こっち帰ってきてから、まだ一度も覗けてないし。挨拶に行ったついでに書いてもらおう」

「え、いや、それは急過ぎるんじゃ…。そもそも桜佑と婚約してることを伝えていないし、お母さんも心構えというものが…」

「とりあえず明日の朝、おばさんの都合がいいか連絡してみるから」

「桜佑がするの?私じゃなくて?てかお母さんの連絡先知ってるんだ?」


焦る私を余所に、桜佑は冷静に話を進めていく。桜佑の要領が良すぎて、全然頭がついていかない。


もう1回戦♡なんて言ってる場合じゃないぞこれは。

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