甘い罠、秘密にキス

「とりあえずコーヒー淹れるわね」


桜佑が会いに来たことが嬉しいのか、母は笑顔を絶やさない。そんな母に桜佑がすかさず手土産を渡すと、母は「これ私が大好きなロールケーキじゃない!嬉しいわありがとう」と更にテンションを上げ、鼻歌を歌いながらキッチンに向かった。


「またこうして伊織とおうちゃんのツーショットが見られるなんて、お母さん幸せ」


ダイニングチェアにふたり並んで腰を下ろすと、私達を一瞥した母がキッチンから独り言のように呟く。

そういえばこの並び、あの頃と変わらない。自然と昔と同じ位置に座っている。

あの頃は私にとってこの時間がとてつもなく苦痛だった。だけど今は、隣に桜佑がいると心が満たされるし、安心感がある。ドキドキするけど、どこか落ち着く。

あの時の嫌な思い出も、少し前まではハッキリと覚えていたのに、今は殆ど忘れてしまった。

ここまで関係を変えられたのは、全部桜佑のお陰。改めて桜佑の偉大さに気付き、また彼を思う気持ちが強くなる。


「もう二度と見ることが出来ないと思ってたから、感慨深いわ」

「お母さん、その話はもう…」


もう二度と見ることが出来ない──それは私が桜佑から逃げていた時期のことを言っているのだろう。今はあまり触れて欲しくない話題のため、慌てて話を逸らそうとする。

だけど、


「一時はどうなることかと思ったけど、さすがおうちゃんね。本当に連れてきてくれた」

「だから言ったじゃん。まぁ、ちょっと時間はかかったけど」

「うふふ。確かにちょっと遅かったわね。待ちくたびれちゃった。でも嬉しいから、お母さんこれから赤飯炊いちゃおうかしら」


……この人達、一体なんの話をしているの?

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