甘い罠、秘密にキス
───…っていうのは無理な話で。
「おばさん久しぶり」
「おうちゃん、いらっしゃい。ほんと久しぶりね。元気にしてた?」
いよいよご対面の時。
玄関のドアを開けた母は、桜佑を視界に捉えると満面の笑みで「どうぞ」と続けた。
私自身、実家に帰るのは数ヶ月ぶりだ。一応数日に一度はメッセージで連絡を取り合っているけれど、ほぼ業務連絡のようなやり取りしかしていないため、元気そうな母を見てホッとしている。
それにしても“おうちゃん”呼びを久しぶりに聞いた。なんだか少し、あの頃に戻ったような懐かしい気持ちになる。
「伊織もいらっしゃい。イケメンが目の前にふたりもいて、お母さんドキドキしちゃう」
娘をイケメンと言う母は、少しどころかかなり変わっていると思う。だけどもうそんな母にも慣れているため「ただいま」とスルーして家の中に入る。
一応桜佑は“婚約者の親”に会うわけだけど、緊張している様子は1ミリもない。まぁ昔は毎日のようにこの家に来てご飯を食べたりしていたから、桜佑にとっても婚約者の家というより、第二の実家という感じなのかも。
「おうちゃん、ますます男前になっちゃって。昔は可愛いやんちゃ坊主だったのにねえ」
「おばさんは全然変わんないな。おじさんはまだ向こう?」
「そうよ。定年になったら戻ってくるけどね」
「てことは、おばさんは普段この家にひとり?」
「そうなの。上の子ふたりは結婚して離れたところで暮らしているし、お父さんも年に一度しか帰ってこないし。伊織もたまにしか顔を出さないから寂しくて。だからおうちゃん、いつでも遊びに来てね」
「うん、そのつもり」
何故か私の方を見て、ニヤリと口角を上げる桜佑。まさかもう婚約の話をするんじゃないかと、一瞬ヒヤッとした。