甘い罠、秘密にキス



「なんで勝手に言っちゃうかな」


その日の夜、桜佑の部屋でぷりぷり怒る私の横で、桜佑は手際よく鍋に玉ねぎと牛肉、調味料を入れ牛丼の具の部分を作る。

どうやら彼の生活力の高さは、学生時代に節約生活をしていた時に身に付いたものらしく、その延長線上で今でも自炊を続けているらしい。

そういうところも尊敬しちゃうんだよな。私も見習わなくちゃ。…じゃなくて。


「今日一日色んなところで質問攻めにあって大変だったんだから」

「別にいいだろ、もう親への挨拶も済んだわけだし」


悪びれもなく放つ桜佑を横目で睨みながら、私はサラダに使うレタスをむしる。とても簡単な作業なのに、何故か下手に思えるのは何でだろう。


「それにお前は隙があり過ぎる。今朝だって少し目を離した隙にナンパされてたし、お前も満更でも無い顔してたし」

「それは人生初のナンパだったからで…」


今朝、人生初のナンパを経験した時、実は桜佑も近くにいた。昨夜桜佑の部屋に泊まり、早朝に一度自分の部屋に帰り着替えを済ませたりしたわけだけど、その際に桜佑がついてきてくれたからだ。

そして声を掛けられたのは駅のホームでのこと。
桜佑が離れたところでクライアントと電話をしている隙にナンパされたのだ。

そのことを、桜佑は地味に根に持っているらしい。


「他の男に狙われないためにも、公言しておいた方がいいんだよ」


そうなのかもないけど、なんか腑に落ちない。せめてもう少し目立たない方法にしてくれればよかったのに。


「…桜佑のバカ」

「もう言ってしまったものは仕方ないだろ」

「桜佑ファンの女性陣に嫌われたらどうしよう」

「その時は俺が守ってやる」


…きゅん。ってしちゃうんだよな。狡い。

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