甘い罠、秘密にキス

いやいや本当に仲良くないから。むしろこの男が言うと冗談に聞こえなくて笑えない。私のこと潰してその辺に捨てて帰る可能性だってある。

まぁ残念ながら私はお酒に強い方だし、桜佑の前で記憶をなくして隙を見せるなんてバカなことはしないけど。


「もういい。話になんねえ」

「さっきからなんなの。私のこといじめるために連れてきたならもう帰ってもいい?皇さんと久しぶりにゆっくり飲みなよ」


何故か不貞腐れている桜佑にそう告げれば、温度のない目が私を射抜いた。すると私達のやり取りを見ていた皇さんが「あーダメダメ」と首を横に振る。


「俺はもうすぐツレが来るから。イオリちゃんが日向の相手してやって」


教えていないはずの私の名前をさらりと紡いだ皇さんは「またゆっくり一緒に飲もうね」とヒラヒラと手を振ってくる。
皇さんがどれだけ私の情報を知っているのか気になるけれど、戸惑いながらも軽く会釈すると、彼は奥の席へ行ってしまった。

あっさりと見放され思わず肩を落としていると、隣から「帰んなよ」と再び命令が下される。もうこれはパワハラの域だ。


「…こっちの生活はどう?だいぶ慣れた?」


沈黙が気まずくて、当たり障りのない質問を投げかけてみると、桜佑は「うん」と頷く。続けて「実家にいるの?」と尋ねると「今はとりあえず社宅」と返ってきた。


「こっちの支社、結構居心地いいでしょ。マネージャーもあんな感じだけど優しくて、いざという時は頼りになるし」

「あの人、何気にエリートだからな」

「悔しいけど桜佑の評判も良いよ。それに女性陣からも人気があるみたいだし。モテる男は大変だね」


社内で女性トラブルとかやめてね。と、褒めるだけじゃつまらないから、少し皮肉っぽく伝えてみる。けれど


「それはねえな。こう見えて俺一途だから」

「……へ?」

「彼女は大事にするタイプだと思う」


これは腹話術ですか?他の誰かが代わりに喋ってる?
耳を疑うような台詞が聞こえてきて、一瞬思考が停止した。

どう考えても、あの桜佑の口から出た言葉だと思えない。

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