甘い罠、秘密にキス
初めておばさんに告げたのは、まだ俺が小学生の時。
「こら、おばさんじゃなくておねえさんだぞー」
あの頃のおばさんは俺の言葉を軽く受け止めていたらしい。それを知ったのは、大人になってからの話。
伊織のことが好きだと気付いたのは、確か小学校高学年の時だった。俺は周りに比べて極端に恋愛に疎い人間だったけど、クラスメイトの恋愛話やおばさんに恋愛の意味を聞いて、これが恋だというのを初めて知った。
そもそも、俺の家庭は俺が幼い頃から崩壊している。他の家と違うということは、物心ついた時からなんとなく気付いていた。
家庭に笑顔なんてない。むしろ怒鳴り声ばかり。気付いた時には母親は家にいなくて、母親の顔は覚えていないし、勿論抱き締められたり褒められたりした記憶もない。
そんな俺が、恋とか愛とかいうものを知っているはずがなかった。
だけどそんな俺が“あたたかい家庭”というものを知れたのは、間違いなく伊織の家族のお陰だった。最初は伊織を羨ましく思うこともあったけど、いつも俺を息子のように可愛がってくれるおばさんに救われた。
褒めてくれるのも、頭を撫でてくれるのもおばさんだった。あたたかいご飯を食べさせてくれるのも、おはようやおかえりの当たり前の挨拶をしてくれるのも伊織の家族だった。
後に伊織は俺からはなれていったけど、それでも伊織は俺に直接傷つくような言葉を投げかけたことはなかった。むしろ中学卒業するまでは、俺を見捨てないでいてくれた。
いつしか佐倉家が俺の居場所のようになっていて、俺にとってなくてはならない存在だった。
だけどその気持ちが、後に独占欲に繋がった。
伊織が他の男子と話すと腹が立ち、それどころか他の女子達と遊ぶのも嫌だった。
俺には伊織しかいないのに、伊織はどんどん俺から離れていく。それが無性に寂しかった。