甘い罠、秘密にキス

ただ唯一伊織を独り占め出来る場所があった。それが伊織の家だ。

おばさんの手料理はいつも美味しくて、伊織の姉達も会えば仲良くしてくれた。そして誰にも邪魔されず、ずっと伊織のそばにいられるため伊織の家は本当に居心地が良かった。

伊織はだんだんと口数が少なくなっていったけど、それでも伊織の隣にいられるだけで幸せだった。

同じ食卓を囲み、同じテレビを見る。たまにお風呂を借りると、伊織と同じシャンプーの匂いがして嬉しかった。

いつか当たり前のように伊織のそばにいたい。それがまだ恋だとは気付いていなかった時も、その気持ちは胸の奥にずっとあった。


伊織が俺に勝つために必死になる姿が可愛かった。ムキになる横顔をずっと見ていたいと思った。時折俺に見せる笑顔に心を奪われ、伊織の優しさに胸を打たれた。

いつしか伊織がいないと落ち着かなくなって、ひとりでいる時も伊織のことばかり考えていた。

小学校高学年になると、クラスメイトがよく恋愛話をするようになった。その好きという気持ちがよく分からなくて、一度おばさんに相談したことがある。恋って何なのかを。

するとおばさんの答えはこうだった。

“その人のことしか考えられない”
“その人のそばにいたい”
そう思ったら、それは恋よ。
そしてそう思える人と結婚出来たら幸せね。


この時に初めて自分の気持ちに気付いた。
あ、俺は伊織が好きなんだって。


ただ、恋とか愛というものを知らない俺が、その愛情を上手く伊織に伝えられるはずもなく。

そのせいもあり、伊織の隣をキープするのは決して簡単なことではなかった。

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