甘い罠、秘密にキス
03.手料理にキス
大変なことになってしまった。
“今からお前ん家行くわ。最寄り駅どこ”
あの男から突然メッセージが届いたのが、今から丁度20分前。
慌てて電話をかけたら、数コールして『もうすぐ会えるのにそんなに早く俺の声が聞きたかったのか?』と意味のわからない台詞が飛び込んできた。
そんな悠長なこと言ってる場合じゃないのよ。
「なんなのあのメッセージ」
『いま出張先から帰ってるから、ついでに行こうかと思って』
つらつらと言葉を紡ぐ桜佑の声は、心做しか小さい。もしかしたら今はまだ新幹線の中なのかも。
「来なくていいから」
『えーでも腹減ったし』
「どっかで食べて帰りなさいよ」
『そんな元気ない。お前の手料理が食いたい』
「疲れてるなら尚更自分の部屋に帰った方がいいと思うけど」
お前に会った方が元気出るんだけど?平然と甘い台詞を放った桜佑は『で、最寄り駅どこ』と続ける。
「いや、本当に来ないで欲しいんだけど」
『なんだよ。浮気相手でも来てんのか』
「そうじゃなくて…」
来て欲しくない理由は色々ある。もうお風呂も済ませて全身スウェット姿だし、部屋だって片付いていない。
それに、何が一番嫌って…
「いま家に食材が全然ないから…」
『別に飯なんかただの口実なんだから卵かけご飯でも何でもいいけど。むしろなんか買って行こうか?』
「……」
料理が大の苦手だから苦しい言い訳をしたのに、口実だとハッキリ言われたらなんて返せばいいの。それに出張で疲れてる中、わざわざ買って来させるのも申し訳ないんだけど。
「…本当に簡単なものでいいなら…」
あれ待って。これじゃ来てもいいって言っているようなもんじゃ…
『最寄り駅』
「いや、やっぱ」
『今更断るなよ。まぁおばさんに連絡して住所聞いてもいいけど』
「……あとでラインで送る」
やってしまった。大変なことになった。
ピーマンだけでも常備しておけばよかったな。