結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
「……ベル、君はこんなところで一体何をやってるんだろうか?」

 一連の流れを見ていたルキは、クスッと笑いながら彼女、ベルに一緒に暮らしていたあの頃いつも聞いていた言葉を口にする。

「え? "可愛い"の布教活動してますが何か?」

 当たり前にいつも通りの口調でそう言ったベルは、振り向いて声をかけて来た人物を認識し、驚いたようにアクアマリンの目を瞬かせる。
 子どもと遊ぶ事に夢中で、そこにいるのがルキだと気づかなかったらしい。
 見つめ合った両者の間でしばし沈黙が流れる。先に逸らしたのはベルで、

「お姉ちゃん、そろそろ行くね」

 みんなで仲良く分けてねと子ども達に声をかけて立ち上がると、ルキと従者に軽く礼をして立ち去ろうとする。

「……待って」

 出て行こうとするベルを慌てて追いかけたルキはその腕を掴む。その細い手首にはベルの誕生日にあげた腕時計が巻かれていて、ルキはぎゅっと胸が詰まる。

「離して……ください。本来なら、あなたにお目にかかるわけには参りませんので」

 不可抗力だと思って見逃してくださいと淡々とした口調でそう言うベルの声は硬く、どこまでも他人行儀でコチラを見ない。

「……ベル・ストラル伯爵令嬢、あなたにずっとお礼を言いたいと思っていました」

 ルキはにこっと微笑み、ベルの手を取って傅くと、

「数多くの衣類や毛布などを寄付してくださりありがとうございます。おかげで被災者は寒さをしのぐ事ができました。恩人に礼を欠くわけには参りません。このままでは公爵家の名折れ。せめて、お茶の一杯でもご一緒させて頂く栄誉をいただけませんか?」

 小首を傾げてそう言ってベルの手の甲にキスを落とす。
 上流階級の子息らしい流れるような優雅な動作に、高貴な人らしいキラキラしたオーラ。なんなら背景に花でも飛んでいそうだ。普通の貴族令嬢なら一目で恋に落ちてしまうのだろうが、

「う〜わ。無駄にキラキラしてて気持ち悪い」

 通常のルキを知っているだけに、これはないわとベルは思いっきり顔を顰め、若干引き気味に手を振り払い、キスされた手をさりげなく服の裾で拭ってそう言った。

「ベル、そう言うのは思ってても言わないのがマナーだから。心の声ダダ漏れっていうよりもむしろ隠す気ないよね!?」

「すみません、心根がまっすぐなもので。つい正直に思ったことを伝えてしまいました」

「自己申告が無駄にポジティブ」

 普通なら怒るシーンで口元を押さえて爆笑したルキは、

「ベルは、やっぱりベルだなぁ」

 と嬉しそうにそう言った。
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