結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
ーー1年後。

「ヤダ。帰る。絶対、今日は定時で帰るから!」

 定時間際に書類を持ってきたレインに対し、ルキはキッパリ嫌だと言い切る。これを受け取ったが最後、残業が確定してしまうのでルキは断固拒否の姿勢を崩さない。

「おまっ、責任者だろ。帰るなよ」

「俺そもそも今日休むって言ったよね!? それをトラブったからどうしても、って言うから仕方なく休日返上で来たの。俺がやらなきゃダメな部分終わったんだから帰らせてよ」

 責任は果たしたし、部下のミスもカバーした。あとは自分がいなくても回るのだから直ぐにでも帰りたいと腕時計に目を落とす。

「えー前まで付き合ってくれたじゃん」

「今日は無理。ベルが1月ぶりに帰って来るから」

 本当は家で出迎えたかったのにと文句を言うルキを見て、なるほどとレインは察する。

「相変わらずベル嬢にべた惚れだな」

 揶揄うようにレインに言われたルキは、

「うちは"政略結婚"だから、夫婦続けるのに努力がいるんだよ」

 そう言ってとても幸せそうに笑ってカバンを手に取った。

「ルキ、政略結婚をそんなに嬉しそうに話すの多分お前くらいだよ」

 ルキが結婚した時は随分と社交界が騒がしかった。しかも相手は契約婚約をしていた相手で、疑いようがないほど完璧な政略結婚。
 沢山の憶測が飛び交ったが、噂はあっという間に風化し、ルキに熱に浮かされたように寄ってくる女性もいなくなった。
 先のブルーノ公爵領での災害時ストラル伯爵家から支援を受けていたことや公爵家から持ちかけた共同事業の話題に加え、どこの夜会に出席してもルキがベルを大事にしている様子からこの両家の間に割って入る隙がないのは誰の目から見ても明白だったからだ。

「あれ、姉さん帰ってくる日なのに、ルキ様まだいたんですか?」

 ノックの後執務室に入って来たハルがまだ帰宅していないルキを見て驚いたようにそう言った。
 レインの手に握られている書類の束とルキの顔を見比べたハルは盛大にため息をついて、

「レイン様、義兄さんのことそろそろ解放してやってください。義兄さんのやる気は来週からのうちのスケジュールにもろに影響しますので」

 今日は僕が付き合いますからと時計を指して定時を告げる。

「ルキ、お前ハル君に普段義兄さん呼びされてるの? いいなぁ。俺も義兄さん呼ばれたい」

 うちの妹とか従姉妹とか紹介しようか? とレインはハルにそう勧めるが、

「うちの義弟は倍率高いんだよ。簡単にはやらん」

 ハルが断る前にルキがキッパリそう言った。

「だそうです。まぁ、僕働き始めで今とっても楽しいので、お付き合い等々はまだ考えてないので」

 間に合ってますと笑ったハルは、レインから書類を受け取ると、

「早く帰らないと、姉さん拗ねちゃいますよ」

 早く帰れとルキに帰宅を促した。
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