結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
 ベルは普段絶対シルヴィアが立ち入らない街のエリアに制服のまま連れて来ていた。可愛いカフェや雑貨屋などが並ぶ商業エリアはベルが学生だった頃と変わらず今日も賑わっており、学園帰りの子達の寄り道が見られる。

「ベル、これはこのまま食べてもいいの?」

 迎えに来たルキとベルの間で視線を彷徨わせるシルヴィアは手に持ったクレープに視線を落とし、ベルに尋ねた。

「ガブっといっちゃってください。で、そのまま食べ歩きしましょ」

 シルヴィアにそういうとベルは見本を見せるようにクレープに齧り付く。

「学校帰りに寄り道して買い食いの上に食べ歩き! 不良! 不良だわ!!」

 こんなシーンを小説で読んだ事あるわとキラキラした目で語るシルヴィアはベルの真似をしてクレープを食べる。

「あ、美味しい」

「でしょ。女の子の話題なんて、古今東西身分の垣根なんてなく美味しいスイーツと可愛い服とアクセサリーや小物と恋バナと相場が決まっています」

 もちろん、お勉強も大事ですけどと前置きをしたベルは、

「シル様は望めば全部お屋敷で完結しちゃいますけど、せっかく学生になったのですから、学生が立ち寄るエリアで、こういった事をしてみるのもどうかなーって。話題の引き出しは沢山ある方がいいですから」

 共通の話題があるとおしゃべりするきっかけも掴みやすいでしょと微笑む。

「確かにそうね。ねぇ、ベルあれは何?」

 あれは? これは? とシルヴィアは今まで知らなかった世界に興味津々だ。

「ベルも学生の時こういうところに来て遊んでいたの?」

「私はアルバイトを週8で入れてましたから、あまり遊べませんでしたね」

 懐かしいですとベルは笑う。

「ふふ、でも学生時代はとても楽しかったですよ。と、言うわけでシル様も話題作り頑張りましょう。せっかくお財布も召喚したことですし」

「誰が財布だ」

 そんな2人のやりとりを見つつクレープを食べ終わったシルヴィアが少し見てきてもいいかと雑貨屋を覗きに行く。
 その背をベルと2人で見守りながら、

「……週8って、どういう計算だよ」

 とルキがベルに話しかける。

「休日は午前午後で別のアルバイトをしてましたから」

 よくそれで特待生主席取れたなとルキは素直に感心する。 

「まぁ、自分で言うくらいは努力したから。私は学生時代を資産形成と人脈づくりと知識を得るために全振りしちゃったってだけの話だけど」

 そんなベルの話を聞きながらルキは自分の学生時代を振り返る。ルキが上位貴族の義務として学園に在籍したのは高等部の3年間だけでベルと被る事はなかったが。

「ベルと学生時代に知り合えてたら、楽しかっただろうな」

 同世代あるいは後輩として彼女と一緒に学生時代を過ごしていたら、どんな話をして時間を共有したのだろうなんてありもしない"もしも"に思いを馳せる。

「えー女子に囲まれてコミュニティクラッシャーやってそうなルキとのご縁なんて全力でお断りだわ」

 揶揄うようにベルは濃紺の瞳を見て笑う。

「"今"だからいいのよ、私達は。きっとね」

 シルヴィアが入店した雑貨屋で同じ制服を着た女の子達に声をかける姿が、ガラス越しに見える。
 何を話しているのかは分からないが、彼女達は同じ目線でとても楽しそうに笑った。

「だから、まぁ。過去に思いを馳せるより"これから"が楽しみな可愛い妹を見守りますか。2人でね」

 やっぱり女の子の笑顔は無敵に可愛いわね、とベルがシルヴィア達を指さして笑う。
 ベルの言葉に一瞬驚いたように目を瞬かせたルキは、

「そうだね。これから、ずっと一緒にいるんだしね」

 ベルの手を取ってぎゅっと手を繋ぐと、驚いた顔で見返してくるアクアマリンの瞳を見ながらルキは優しく笑い返した。
 "2人で"
 そんな何気ないベルの言葉に、これから先がある幸せを実感する。

「きっと、シルには俺より義姉が必要なシーンがこれから先沢山あると思うから、その時はベルが助けてくれる?」

「当たり前でしょ? 家族なんだもん」

 ベルは屈託なく笑い、当然のようにそう言い切る。
 それが"当たり前のこと"なんかではないと知っているルキは、ベルに笑い返して、

「俺と一緒にいる事を選んでくれてありがとう」

 繋いだこの手を2度と手離すまいと誓って、愛おしそうにベルの手に口付けた。
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