結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
 話が終わり、ルキと共にリビングルームに足を運んだベルを見つけたシルヴィアは嬉しそうに寄ってくる。

「ベル、今日はメイド服じゃないのね! もしかして、お兄様とデート?」

 揶揄うようにそう言ったシルヴィアの頭を優しく撫でたベルは、

「違います。ちょっとお出かけの用事がありまして」

 夕食時までには戻りますねと告げる。

「どこか出かけるのか?」

 基本的にベルと一緒に行動することがないルキは、そう言えばさっきも用事があると言っていたなと思い出す。

「ああ、不動産屋に鍵を受け取りに。引越しますので」

 言ってませんでしたっけ? とベルは当たり前のようにそう口にする。
 ベルの引越し宣言に、

「はっ?」

「え?」

 測ったように二つの声が重なった。

「なんで? なんで、ベル引越すの?」

「ふふ、実は試用期間の3ヶ月を経て正式にルキ様と婚約する運びとなりまして」

「え、あっ、うん、おめでとう」

「反対されないのです?」

「うん、もうこの際それはどうでもいい」

 ベルが来た当初は絶対認めないからと宣言していたシルヴィアだったが、もはや兄の婚約などどうでもいいレベルになっていた。
 それほどまでに懐いてくれた事を嬉しく思いながら、ベルは膝を折ってシルヴィアと視線を合わせる。

「申し訳ありません、シル様。慣例に則って婚家で暮らす期間は3ヶ月となっておりますし、その期間は満たしましたので」

 これ以上ここでご厄介になるわけには参りませんとベルは優しい口調でそう告げる。

「……伯爵家に、戻るの?」

「いえ、せっかくなので一人暮らししようと思って」

「そんな! じゃあうちにいればいいじゃない」

 泣きそうになりながら引き留めるシルヴィアに、ありがとうございますとお礼を言ったベルは、

「私がここに留まる理由はもうないのです。ご理解ください」

 と丁寧にシルヴィアの申し出を辞退した。

「お兄様、なぜ止めないのですか!?」

 それでも納得できず、シルヴィアはルキに濃紺の瞳を向ける。

「いや、今初めて聞いたし」

 確かに試用期間過ぎれば引き留める理由も特にないしなと、ルキがあっさりとそう言ったので、シルヴィアはこれが覆らない決定事項なのだと知り、ぎゅっと手を握りしめて分かったわと小さくつぶやいた。

「まぁ、婚約者っぽく定期的に会いに来ますので!」

「絶対よ? 毎週来てくれないと嫌だからね!」

 とそう訴えるシルヴィアに、じゃあなるべくルキ様のいない時にと笑うベルを見て、婚約者って一体なんだろうなとルキは苦笑した。
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