結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
「んーさっすが、ナツさん達の作るごはん。すごく美味しい」

 とベルは本日のディナーに舌鼓を打つ。
 普通の貴族令嬢は厨房に立ち入ることなどないのだろうが、勝手気ままに出入りして度々キッチンを借りているベルは料理長をはじめとした厨房の使用人たちとすっかり顔馴染みとなっていた。

「ベルは本当に幸せそうに食べるな」

「美味しいものを食べた時って幸せな気分になるじゃないですか。まぁ、所作に気をつけて食べるのがなかなか大変ですけど」

 なのでスプーンひとつで食べられる使用人のみなさんと食べる賄いごはんも好きなんですけどねとベルは実家の伯爵家ではまず食べる事のない豪華な食事を前にそう話す。

「テーブルマナーの練習、だったな」

 変わったことその2。
 学校を卒業して以来、コース料理を口にする機会が少なくなくなったベルのテーブルマナーの練習とルキの野菜嫌い克服の名目で、可能な日はルキとベルとシルヴィアの3人で夕食を取ることになった。

「見てる分には問題ないと思うが?」

「とっても上手よ、ベル」

 2人はベルの所作をそう評価するが、

「見られる程度には、練習しているつもりです。でもルキ様たちみたいに自然な所作とまではいきませんね。常に意識してないといけませんから」

 と本人は苦笑する。
 幼少期から当たり前にそれをこなしてきたルキやシルヴィアの所作は流石名門公爵家の子息たちと思わず頷くほど洗練されている。

「こればかりは毎日の積み重ねというか、文字通り身につけるものだからな」

「そうですね。せっかくの機会ですから精進しますよ」

 これからルキについて夜会や貴族の会合の席にパートナーとして呼ばれる機会が格段に増える。
 契約とはいえ仮にも公爵家の令息の婚約者だ。上流階級のお嬢様たちと仲良くなるためにも今まで以上に気をつけなくてはとベルは気合を入れる。

「ですから、ルキ様。今さりげなく脇に避けた野菜ちゃんと食べてくださいね」

 見てますよとベルは冷ややかにルキに圧をかける。

「……常に見張られている感が」

「食べ物を粗末にする人は嫌いです。今日のごはんだって、ナツさん達が一生懸命作ってくださったんですよ。せめてその付け合わせだけは食べてください」

 見張ってるんです、とキッパリ言ったベルは、ルキに食べなさいと再度促す。

「………分かってる」

 渋々口に運んだルキが咀嚼し、飲み込んだのを見て、

「ふふ、ちゃんと食べられたじゃないですか。えらい、よくできました」

 と子どもを褒めるかのようにベルは笑う。

「……上から目線なのがムカつく」

 食べようと思えば食べられると言い返すルキにクスクス笑ったベルは、

「良かったですね、シル様」

 ルキが食べた皿を嬉しそうに見ているシルヴィアに意味深な視線を送ってそう言った。
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