結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
 屋敷についてそのまま部屋で休んでいたルキはすっかり落ち着いたあと、ベルの部屋を訪ねた。だがノックをしても、返事がない。
 ベルが寝るにはまだ少し早い時間のはずだ。いつもならすぐ『どうぞ〜』と言って入れてくれる彼女が部屋にいないなら、きっと厨房だろうとルキはそちらに向かって歩き出した。

「……ベル、君は一体何しているんだ?」

 厨房に広げられた謎の物体を見ながらルキはベルに話しかける。

「んーお腹空いちゃって。夕食食べそびれちゃいましたし」

 さすがに部屋は火気厳禁なので、と材料を並べベルは肩を竦める。

「ごめん、ホントごめん」

 食べ損ねた原因は自分なのでルキは素直に謝る。

「ていうか、ナツに言えば夕飯出してくれただろうに」

「なんかあの後もバタバタしてて言いそびれまして」

 苦笑したベルは、ルキの顔色を見て落ち着いたようだとほっとする。

「別に怒ってはないんですけど……じゃあ、ルキ様共犯者になってくれます?」

 ふふっと笑ったベルは、じゃあたまには悪い事しましょうか? とイタズラっぽい笑みを浮かべた。

「えーっと、これは何?」

「お茶漬けです。やぁー流石公爵家の台所。何でも揃ってますね」

 最近マナーレッスンで豪華な食事ばかりで、実はこういうのが食べたかったのとベルは笑う。

「はぁー出汁の匂いが素敵過ぎる。超贅沢」

「どこがだよ?」

 ベルが作ったのはごくシンプルな鯛茶漬けなのだが、ルキはこんな食べ物は見た事がない。

「夜中に食べる炭水化物! 太るとわかっていても止まらない、背徳感っ! 罪ですねぇ」

 分かってないなぁと揶揄うようにそう言ったベルは、

「ルキ様はこういうの食べた事ないと思いますけど、食べます?」

 とルキの分を差し出す。
 見た事のない食べ物に対して拒否反応を示す事が多いルキだが、美味しそうな出汁の匂いとベルの笑顔を見て、身体が空腹だった事を思い出す。

「……いただきます」

 そう言って渡されたスプーンで静かに一口食べたルキは、美味しいと笑った。

「……何?」

 ルキはじっとこちらを見てくるアクアマリンの瞳に不思議そうに首を傾げる。

「いえ、ただ私が差し出すものに全然抵抗なくなってきたなって」

 美味しいなら良かったとベルはクスクス笑いながら自分の分に手を伸ばした。
 そんなベルを驚いたように見返しながら、そうかもしれないとルキは素直に思う。
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