侯爵閣下。私たちの白い結婚には妥協や歩み寄りはいっさいないのですね。それでしたら、あなた同様私も好きなようにさせていただきます
「キャン」

 余りの痛みに、自分では痛いと声に出してしまった。しかし、いまの自分は人間ではない。だから、人間の言葉ではなく、犬の鳴き声になってしまった。

「アール?」

 侯爵が気がついたらしく、椅子から立ち上がってこちらにやって来た。両膝を折り、わたしと目線を合わせる。

 彼は、アールのことを「屋敷に入れるな」とか「おれは犬が嫌いだ」とか「おれに近づけるな」とか、ずっとそんなふうに言っていた。だから、出来るだけその言いつけを守っていた。
 一番最後にわたしがキレて飛び出す前だけ、アールはわたしの叫び声をきいて心配し、屋敷の二階まで来てしまったに違いない。おそらく、彼を預けていたブルーノの制止をきかず、駆けつけてくれたのだ。

 それはともかく、いま、わたしは知っている。

 侯爵は、ほんとうはアールが大好きだということを。ほんとうは、戦友で大の仲良しだということを。

 ほんとうは、アールはわたしの為に連れて帰ってきてくれたということを。
< 55 / 68 >

この作品をシェア

pagetop