フェチらぶ〜再会した紳士な俺様社長にビジ婚を強いられたはずが、世界一幸せな愛され妻になりました〜
普段はコンタクトなのだが、恭一の前で得意の泣き落としを披露するかもと思い、今日は眼鏡を装着している。
それを煩わしげにクイッと片手で引き上げる柳本の姿は、見るからに優秀な切れ者秘書そのものである。
誰に対しても隙など一切見せず、本音も明かさない。
本人曰く、秘書たる者、仕える主の黒子に徹するのが当然。裏も表も一切見せないどころか、感じさせてもいけない。常にフラットであるべきだ。で、あるらしい。
確かに、時折何を考えているのか、秀生にもよく掴めないところがある。食えない兄ではあるが、優秀であるのは紛れもない事実だ。
付き従えている奏(優香の愛息だからであって、当主・恭一の命令であるからでは断じてない)のためなら、進んで何だってするだろう。
視線だけで人一人殺せそうなほど鋭い目つきをすることもあるくらいなのだから。
だがその一部始終を側で眺めていた秀生は知っている。
いつもは感情など一切見せず、冷ややかな無表情を決め込んでいる兄が、幼少の頃より恋い焦がれてきた優香の前でだけは、微かに表情を緩めてデレるという、意外すぎて見てはいけない何かを見てしまったと、秀生が背筋を震わせ戦慄するような、思春期の少年のようなレアな一面を垣間見せることをーー。
そんな兄の姿を目の当たりにするたびに秀生は思うのだ。
――昔から優香さんにだけは優しい顔するんだよなぁ。実の弟にも、少しは優しく接してほしいもんだぜ……まったく。
秀生が心の中でそう零したのを見計らったかのような絶妙なタイミングで、柳本から実に機嫌のよさげな弾んだ声が飛び交った。
あくまでも弟である秀生であるからこそわかるのであって、他の者にはわからない些細な変化である。
「秀生、まだいたのか? 暇ならついでにこの書類も頼む。面倒だが、私はこれから奥様のご機嫌を伺いに本宅に戻らないといけなくなった。その足でロスに向かうから諸々よろしくな」
そう言い置くと、今にもスキップでもしそうなほどの、何とも軽やかな足取りで社長室を後にする兄の姿に秀生は生ぬるい溜息を零してから、鬼のように積まれた書類の山に向き合いながら……
――まぁ、何やかんや幸せそうだから、いいんだけどさぁ。
心の中で呟いた秀生は、柳本によく似たほどよく整った細面をふっと柔らかく綻ばせたのだった。
~END~


