おともだち
 もしかすると、見過ごしたのかもしれない。
 カフェを出ると、多江のマンションへと向かいインターホンを押す。中からの反応はなかった。

 ――タイムリミット。

 終電の時間だった。この時間まで帰って来ないわけが想像できないわけじゃなかった。
 俺も終電ってことは、多江だって帰って来れるかわからない時間だ。プツンと心の糸が切れたみたいだ。

 こんな時間まで、加賀美と……。ぐっと唇を噛んで多江のマンションのエントランス前から背を向けた。わかってるよ、仕方がないって、けど……。

 バンッと体に衝撃が走り目を凝らす。誰かとぶつかった、ぼーっとしすぎだろう。

「あ、すみません。栄司! 」

 多江が俺を見上げた。息を切らして額には汗が滲んでいる。

「ごめんね、待たせて。暑かったでしょう、入って……」

 ふっと、自虐的な笑いが出てしまった。

「いや、終電。間に合いそうにないから、行くわ」
「あ……そ、そうだよね。じゃあ、明日、明日は? 」
「うーん、いっかな、もう」

 時計に目を落とす。いよいよ走らないと間に合わない。

「待って。じゃあ、日曜日は? 」
「いや、無理だろ」

 そういう問題じゃなくて、何度も時計を確認する俺に苛立ったのか、多江が俺の服を掴む。

「栄司が、無理やり約束したのに、帰りたそうにするのどうなの。そりゃあ、待たせたけどさ。電話もつながらないし」
「電源切ってるから」
「はぁ、何で? 」
「さぁ、何でだろうな。とにかく、ああ、もういいや。タクシーで帰るけど、俺が会いたかったのは()()なんだよ」

 日付の変わった腕時計を多江に向ける。それでも多江は俺の服を掴んだまま放さなかった。

 ……加賀美を優先しておいてまだ俺に何か用だろうか。()()()()()()になったんじゃないのかよ。
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