おともだち
 誰かが先に彼女を誘うようなことがあれば……そう思うと焦燥に駆られた。思い過ごしかもしれない、でも、と期待が膨らむ。彼女も悪からず思ってくれている気がする。

 寄越す視線だとか、わずかな期待を含むような表情。それと脈があるんじゃないかと思わせる、俺の顔を窺い、恥じらう仕草だとか。

 ――告白しよう。
 そう思うまでに時間はかからなかった。焦りに任せてガツガツいくのは良くない。あくまで自然に、重くなり過ぎないように。かといって、軽く思われないように。誠実に伝えたい。

 振られる気はしなかった。彼女に恋人でもいない限り大丈夫だろう。フリーであることは最初に聞いていた。

 機会はすぐにやって来た。帰りのエレベーターが一緒になったのだ。
「おう」
 気軽に声をかけたものの、鼓動が早くなる。
「お疲れ様、今日は早いんだ」
「あー、うん。だな」
「私もー。私は月末はどうしても帰りが遅いから月はじめくらいは早く帰ろうって思ってさ」
「へー、いいね。今日は早く帰ってどうすんの? 」
「……なーんも。ご飯でも食べて帰ろっかな。宮沢くんは? 」

 俺を見上げて返事を待つ。誘ってくれるのを催促するような、瞳。

「なーんも。飯、一緒に食べて帰るか」
 自然な流れだったと思う。彼女はうん、と頷いた。
「みんなも誘う? あ、けど急だと無理かな? 」
「いいよ、二人で」

 これは、お互い好意があるんじゃないか。大人になると、改まった“つきあって下さい”って告白より、お互いそうだろうなって雰囲気を読んで“つきあおっか”ってなることが多い。彼女も恋の始まりのサインを伝えてくれているし、あとは俺が言うだけだ。

 二人だから、いつもの賑やかな店じゃなく、ちょっと単価の高い店。カウンター席を選んだ。

 一杯目の酒が届き、グラスを合わせると早々に切り込んだ。
「酔う前に言いたい」

 彼女に顔を寄せる。恋人ほど近くはないが、同僚では近すぎる距離。「わかってるだろうけど」そう切り出すと、彼女は目を逸らさず、「うん」と可愛く頷いた。

「付き合わない? 俺たち」

 この後の彼女の反応は思っているのと少し、いや、かなり隔たりがあった。
 
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