おともだち

栄司

 ……あっぶねー。
 何にも考えられねー。理性飛びかけたっつの。
 
 グラスに付け足し付け足しで増えてったミントの香りがきつくなっているはずが、味がしない。ごく、ごくと喉を潤したところで冷静になれるはずもなかった。

 至近距離で目ぇ閉じるんだもんなー。キスしてくれってことかと思った。危うく……。はぁ、と熱を逃す。酔ってる、んだよな?

 しないの?なんて、あんな顔で言われると。吐いた息を今度はすうっと吸う。何とも忍耐強いられる状況だ。部屋で二人っきり、相手はセフレ。キスくらい……。
 そう思って多江を見ると、酒を手にぼんやりしている。かわいい唇は無防備にも微かに開いていて、せり上がって来る衝動を何とか逃した。

 “悩めばいい”なんて翻弄してやるつもりが、翻弄されてどうする。結局こういうのは惚れた方が負けだ。焦るな、焦るな。

 ここからは理性との戦いで、もはや俺の独り相撲。
 酒を熱いコーヒーに代えて、ある程度落ち着いた頃、スマホのアラームが鳴った。

「ああ、お腹はち切れそう」

 多江は無邪気に笑って、腹を撫でていた。どうかと思う仕草だが、可愛い。可愛いと思うんだから仕方がない。

「まぁ、いいじゃん。今日はいっぱい歩いたし健康的。俺の家も覚えただろうし、また飲もう」
「うんそうだね」

 最寄りの駅まで送ると、多江はご機嫌で手を振った。

 時間が過ぎるのうをあっという間だと思ってくれたくらいには、成功だろう。ただ、男女としては……。いよいよ男女間の友情が芽生える方向へ向かってるのかもしれない。セフレとは逆の健全な方へ……。

 惚れさせるって、どうすんだよ。

「黒魔術とか、惚れ薬? 」

 バカらしい発想に首を振った。いや、絶対に惚れさせてみせる。そのためにセフレになってまで繋ぎとめたんだから。
 自分の理性を褒めてやりたいくらいだった。
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