桜いろの恋
あれからいくつもの季節がめぐり、今年もまた桜の季節がやってくる。

「……綺麗だな……」

見上げれば薄紅色の桜が春風に揺られながら、こちらをみて(わら)ってある。桜の花だけはあの日と何にも変わらない。

私は尚樹と付き合って初めての春、近くの公園に二人で夜桜を見に行ったことがあった。深夜十一時に誰もいない公園でコンビニ弁当を二人で並んで食べた。

夜の藍に桜の薄紅色が儚く映えて、夜だけ尚樹と会って恋をする私と重なった。 


『ねえ、尚樹、桜の花言葉って知ってる?』

『え?知らない。ってゆうか、花言葉の意味考えるより、目の前の花、綺麗だなって思う方が簡単で良くない?』

『それは尚樹が男だからだよ』

『女は好きだな、内面とかそういう話』

『純潔。でもフランス語では違う意味』

『へー』

気のない返事をしながら尚樹がビールの空き缶をガシャンとゴミ箱に放り込んだ。私はその後ろ姿を眺めながら桜を見上げた。

『桜、尚樹と見れて良かったよ』

『どした?急に』

『だって……来年見られるかわからないから』

あのとき尚樹は珍しく暫く黙り込んでいた。

『また美夜と見れたらいいな』

暫くしてそう小さく返事をした尚樹は、今思えば、もう二度と一緒に桜を見られないことが分かっていたように思う。
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