桜いろの恋
「……俺みたいなどうしようもないヤツが、言うのも何だけどさ……美夜のことが……本当に好きだったんだ」

「……どうして今言うの?」

「……呆れるよな、最後まで言うつもりなかったのにさ」

尚樹の低くて甘い声と私とは違う柔軟剤のいい香りのするシャツにいろんな感情が混ざって、どうにかなりそうだ。

でも言わなきゃいけない。
ちゃんと終わらせないといけない。

恋には始まりがあって終わりがある。
桜と同じだ。花開いてもいつまでも咲き続けることなんて出来ないのだから。
(わら)っていられるのは刹那だから。

恋も桜もあっという間に散っていく。


「……私は……本気で好きじゃなかったよ」

「……うん」  

「私は……遊びだったから」

泣かないように目の奥に力を入れると涙ごと全部を飲み込んでいく。

「そうだな。俺が美夜に遊ばれた」

「……他にも男なんているから」

「うん」

稚拙な偽りを吐き出してから尚樹の胸元に顔を埋めた。

「……ひっく……大嫌い……」

「うん。美夜……ごめんな」

尚樹が何度も私の背中と髪を撫でながら痛いくらいに抱きしめる。

「美夜、俺も半分持っていくよ。美夜のしんどいの。これだけは死ぬまで離さない。《《忘れない》》から」


──尚樹は知ってくれていたのだろうか。私が一緒に見に行った桜の樹の下で願った、私のあの日の想いを。


「途中で置き去りにしてもいいよ」

こんな苦しいもの、半分も持っていかなくていい。途中でくしゃくしゃに丸めて捨てられたらどんなに楽だろう。

「そんなことしない。俺にとって唯一濁りのない真っ白なモノだから……」

「真っ黒かもよ?」

尚樹が少しだけ目を見開くとすぐにふっと笑った。私の大好きな尚樹の笑顔だ。私も精一杯微笑み返す。今まで幸せだったお返しに最後くらい尚樹に笑った顔をプレゼントしたかったから。笑った顔だけを覚えていて欲しかったから。

「美夜……ありがとう」

尚樹は私に最後のキスを落とす。それは付き合いたての高校生みたいに、そっと触れるだけのキスだった。
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