桜の下で微笑むキミの夢を見る



 少ししゃべって、本にサインを入れて、渡す。そんな同じような作業を繰り返していれば、正直に言ってファン一人一人はいつもほぼ印象に残らない。


 ──しかし、今日に限ってはそうじゃなかった。



「わ、ほ、本物の櫻田先生! どうしよ、やば、目の前にいる!!」



 順番がまわり佑馬の目の前に来たのは、湧き上がる興奮をどうにか治めようと手で口を押さえ、潤んだ目で佑馬を見つめる少女。

 歳は恐らく高校生ぐらい。さらりとした黒髪に丸い瞳の可愛らしい子だ。


 ──似ている、と思った。

 あの子に似ている。容姿もそっくりだが、そう思った原因はそれよりも。



「病院のにおい……」



 消毒液などの薬剤を主とした、独特のにおい。それをこの少女は(まと)っている。

 それが容姿と相まって、彼女を連想させるのだ。


 周りに聞こえないように小さく呟いたつもりだったが、目の前の少女には届いていたらしい。



< 53 / 209 >

この作品をシェア

pagetop