変化の色
庭に流れてくる山水の貯水に、謎のスイカが冷やされてあった。
小ぶりのスイカの表面には、毎回白の油性ペンで表情豊かな顔が描かれてある。
ムンクの叫びのような悲劇的な顔や、バーコードおじさんの顔などが描かれてあるから、包丁を入れるのも躊躇われた。
ここ最近、誰からなのかスイカの貢物をよくいただいていた。いつの間に山水の中に冷やされたのか不思議なぐらいに、スイカをくれる主の姿を見ることはなかった。
うちの縁側からは豊かな自然が見渡せる。
その美しい景色を見ていると、自分の存在が自然の一部に溶け込んでしまうような錯覚を起こすほどだ。
私はいつも通りに縁側の定位置に座ると、大好物のスイカに齧り付いた。
口からプッ! っと種を飛ばしてみる。
渾身の一撃だったはずが、昔出した最高記録ほどは遠くには飛ばなかった。
それから2度3度とスイカの種飛ばしをしてみたが、小学生の頃の最高記録、石垣の向こう側への距離とはほど遠く、力なく種は目視出来る範囲に落ちた。
そんなひとり遊びにもつまらなくなると、今度は空を流れる雲を見上げた。
今日は晴れた暑い夏の日。
世の中は稼働しているけれど、私は職を辞めていたので今日も休みだ。この先どこかに再就職をする予定もないから、動かない限り休みは続く。
「みさきねえ! イイもん見せてあげる!」
近所の幼なじみの妹が、石垣の隅からひょっこりと顔を出してきた。
そこに五本並んで咲いている向日葵よりも大分小さな背を屈めてにっこりと笑っている。ツインテイルに結った髪が良く似合う、向日葵の妖精を思わせる元気な女の子だ。
何が入ってるのか、背負ったリュックサックが大きすぎて、身体の小ささが余計に強調されている。
おいで。と手招きしようとしたが、それをするまでもなく素早く駆けてきて、私の隣に腰掛けた。
小学生が夏休みに入ってから、近所の家の千尋ちゃんは毎日私に会いに来る。
小4にしては背丈が低学年ぐらいの小さな女の子を、私はちーちゃんと呼んでいた。
「ねえそれは何? それがイイもんなの?」
さっきから勿体ぶらせて隠すように、幼なじみのお下がりの虫かごを持っている。
何年物だろうか。
確か私達が小学生の頃からアイツは常に持ち歩いては虫を捕獲していたから、かれこれ10年以上前からある大きな虫かごだ。
持ち手の緑色は、日に焼けてあの頃の鮮やかな緑は色褪せていた。
「蝶々の幼虫。和希が取ってきたの」
千尋ちゃんは得意気に虫かごを見せてきた。
この子は私を呼ぶときは『みさきねえ』というくせに、血の繋がった九つも年の離れた兄の事は『和希』と呼び捨てで呼ぶ。
その感じが私からすると違和感があり笑えた。
カゴの中には、醜い2匹の幼虫がもぞもぞと蠢いていた。
緑色のぶよぶよとした頭のデカい個体と、緑と黒と、ところどころに赤色の点々が混じった個体。
「キモ! なにこれ和希の嫌がらせ!?」
私は全身に鳥肌が立つのを感じた。
虫かごを避けるように縁側から立ち上がり距離を取る。
ポツンと取り残された千尋ちゃんは唇を尖らせた。
「キモくないよ! よく見てかわいいよ! この子たちはキレイな蝶々になるんだから! しかもこの二匹はとっても愛し合ってるの! 二匹とも種類は違うけど、キレイな蝶々になるんだって、そう和希も言ってた! それで、美咲にも見せてあげなって言ってたんだから!」
なるほど。って、この幼虫の2匹が愛し合ってるとか意味不明すぎるけど、千尋ちゃんとの会話で意味不明だと感じるのは日常にあったから、突っ込むことも放棄した。
それよりも、和希が私の蝶々好きを覚えていた事に驚いた。
それに、私の知らないところで私の名前を、以前と変わらずに呼ぶ事もあるんだと、懐かしいような不思議な気持ちになった。
あいつの記憶の中には、一応、かろうじて、今ではこんなニートになってしまった私がいたんだ……。
小ぶりのスイカの表面には、毎回白の油性ペンで表情豊かな顔が描かれてある。
ムンクの叫びのような悲劇的な顔や、バーコードおじさんの顔などが描かれてあるから、包丁を入れるのも躊躇われた。
ここ最近、誰からなのかスイカの貢物をよくいただいていた。いつの間に山水の中に冷やされたのか不思議なぐらいに、スイカをくれる主の姿を見ることはなかった。
うちの縁側からは豊かな自然が見渡せる。
その美しい景色を見ていると、自分の存在が自然の一部に溶け込んでしまうような錯覚を起こすほどだ。
私はいつも通りに縁側の定位置に座ると、大好物のスイカに齧り付いた。
口からプッ! っと種を飛ばしてみる。
渾身の一撃だったはずが、昔出した最高記録ほどは遠くには飛ばなかった。
それから2度3度とスイカの種飛ばしをしてみたが、小学生の頃の最高記録、石垣の向こう側への距離とはほど遠く、力なく種は目視出来る範囲に落ちた。
そんなひとり遊びにもつまらなくなると、今度は空を流れる雲を見上げた。
今日は晴れた暑い夏の日。
世の中は稼働しているけれど、私は職を辞めていたので今日も休みだ。この先どこかに再就職をする予定もないから、動かない限り休みは続く。
「みさきねえ! イイもん見せてあげる!」
近所の幼なじみの妹が、石垣の隅からひょっこりと顔を出してきた。
そこに五本並んで咲いている向日葵よりも大分小さな背を屈めてにっこりと笑っている。ツインテイルに結った髪が良く似合う、向日葵の妖精を思わせる元気な女の子だ。
何が入ってるのか、背負ったリュックサックが大きすぎて、身体の小ささが余計に強調されている。
おいで。と手招きしようとしたが、それをするまでもなく素早く駆けてきて、私の隣に腰掛けた。
小学生が夏休みに入ってから、近所の家の千尋ちゃんは毎日私に会いに来る。
小4にしては背丈が低学年ぐらいの小さな女の子を、私はちーちゃんと呼んでいた。
「ねえそれは何? それがイイもんなの?」
さっきから勿体ぶらせて隠すように、幼なじみのお下がりの虫かごを持っている。
何年物だろうか。
確か私達が小学生の頃からアイツは常に持ち歩いては虫を捕獲していたから、かれこれ10年以上前からある大きな虫かごだ。
持ち手の緑色は、日に焼けてあの頃の鮮やかな緑は色褪せていた。
「蝶々の幼虫。和希が取ってきたの」
千尋ちゃんは得意気に虫かごを見せてきた。
この子は私を呼ぶときは『みさきねえ』というくせに、血の繋がった九つも年の離れた兄の事は『和希』と呼び捨てで呼ぶ。
その感じが私からすると違和感があり笑えた。
カゴの中には、醜い2匹の幼虫がもぞもぞと蠢いていた。
緑色のぶよぶよとした頭のデカい個体と、緑と黒と、ところどころに赤色の点々が混じった個体。
「キモ! なにこれ和希の嫌がらせ!?」
私は全身に鳥肌が立つのを感じた。
虫かごを避けるように縁側から立ち上がり距離を取る。
ポツンと取り残された千尋ちゃんは唇を尖らせた。
「キモくないよ! よく見てかわいいよ! この子たちはキレイな蝶々になるんだから! しかもこの二匹はとっても愛し合ってるの! 二匹とも種類は違うけど、キレイな蝶々になるんだって、そう和希も言ってた! それで、美咲にも見せてあげなって言ってたんだから!」
なるほど。って、この幼虫の2匹が愛し合ってるとか意味不明すぎるけど、千尋ちゃんとの会話で意味不明だと感じるのは日常にあったから、突っ込むことも放棄した。
それよりも、和希が私の蝶々好きを覚えていた事に驚いた。
それに、私の知らないところで私の名前を、以前と変わらずに呼ぶ事もあるんだと、懐かしいような不思議な気持ちになった。
あいつの記憶の中には、一応、かろうじて、今ではこんなニートになってしまった私がいたんだ……。
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