変化の色
 千尋ちゃんの兄で、私とは幼なじみの和希とは、中学を卒業と同時に高校が別々となった。それからの私たちの人生の方向は、ニートと偏差値の高い大学生という真逆な世界に離れていた。

 その幼なじみに似た、年の離れた小4の妹が、今の私の心の友だ。

 小学生が夏休みに入ってから、千尋ちゃんが毎朝ラジオ体操へと誘ってくるから、仕方なく付き合っていた。私には珍しく、今のところ皆勤賞だ。

 山や川へと遊びに行くときも、オトナと一緒じゃなきゃダメだからと、小学生の子供達の輪の中に入り見守りをさせられた。
 私は小学生たちの頼りになる姉御のように扱われ、少しだけ自己肯定感がアップしたところだ。

 歳だけ19歳になった私は、精神年齢は小4ぐらいから止まっているのかもしれない。
 千尋ちゃん達と過ごす時間は、まるで昔に返ったように楽しめてしまうから。

「みさきねえ、お願いがあるの」

 千尋ちゃんが両手を合わせてくるから、私は縁側へと再び腰掛けて、何? と問いかけた。

 千尋ちゃんの膝の上にある虫かごを、何となく覗き込んでみる。

「うっわ~。きもい」

「やっぱキライ?」

「うん。鳥肌ものだね」

 もぞもぞと蠢く幼虫は、やはり気持ちが悪く好きにはなれない。
 
「やっぱ私、このキモいのが綺麗な蝶になる想像がつかないわ……」

 だって、こんなにも醜くて生きている価値があるのかと思えるトリハダモノの幼虫なのだから。
 もぞもぞと動くその仕草からして、どんなにこの子と共感しようと努力しても、気持ち悪いとしか思えない。

「がんばって想像してみてよ。この子たちはきっとキレイな色の蝶々に変身するんだよ。…どんな名前なのか、和希に聞いたけど忘れちゃった。でも、蝶々に変身したら分かるよね?」
 
 千尋ちゃんは楽しげに虫かごを覗き込んだ。
 縁側から短い足が地に着かなくてブラブラさせていて、楽しみと言う度にブラブラが激しくなる。

「そう。仮にそうだとして。綺麗な蝶々になったら、ちゃんと虫かごの外に出してあげなきゃだめだよ。……お別れしなくちゃ。お別れなんだよ?」
 
 千尋ちゃんは、私と虫かごを交互に見てから、「知ってるよ」とサラリと呟いた。

 その「知ってる」の響きには、全く悲しみは感じられなかった。
 ただ綺麗な蝶々に変化する事だけを楽しみにしているようで、そんな純粋な心を持つこの子を、私は羨ましく思った。
 
「毎日みさきねえに見せにくるよ。この子達がどうなるか楽しみだね! 一緒に観察してこうね!」
 
 私は、これから何に変化するのかも分からない醜い幼虫を少しだけ見て、頷いた。
 この醜く蠢く生き物が、本当に綺麗な色をした蝶々に変化するのだろうか。

 もしも綺麗な羽の色じゃなくて汚い色の醜い蛾に変化したとしても、この色褪せた虫かごから外の世界へと羽ばたけるのなら、それはそれですごい事なのかもしれない。
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