婚約破棄された崖っぷち令嬢ですが、王太子殿下から想定外に溺愛されています

「あら。婚約さえしてしまえば大丈夫だと思っておいででしたの、アルテミラ様? まだまだあなたの立ち位置は崖っぷちから変わっていませんのよ」

 投げかけられた言葉に血が上り、胃が脈打つようにズキズキと痛みを増していく。
 確かにアルテミラは、魔法が当たり前のように使える世界において、最弱クラスの魔力量しか持っていない。
 そのうえ、貧弱領地の貧乏伯爵の娘だ。過去二回、決まりかけた婚約が流れてしまったこともある。
 そのせいで去年、突然トマスの親であるワイズ伯爵より婚約を持ちかけられるまで、陰で『もう後がない崖っぷち令嬢』と呼ばれていたことも事実だった。
 これほど不名誉な噂のある娘でも変わらない愛情をかけてくれた両親のため、領民のため、少しでも役に立ちたいと思い三度目の婚約を受け入れた。
 そして願わくば、彼と結婚をして幸せな姿を見せてあげたいとアルテミラは思っていたのだ。

(なのに、こんな裏切りにあってしまうなんて……)

 目の前の二人は示し合わせたように笑うと、何も言えずに黙ってしまったアルテミラに蔑むような視線を向けた。

「僕、ワイズ伯爵家のトマスは、フーデンタル伯爵家のアルテミラとの婚約を破棄する」

 そして、あまりにも一方的な婚約破棄――。

(私に対して不満があるとはいえ、今からこのクリスフェロン王国で一番大事な行事が始まろうという時に、そんな……)

「あの、それは今日のこの場でするにはそぐわないお話かと。ワイズ伯爵のご意見は……」

 とにかく少しでも考え直してほしいと、ワイズ伯爵の名前を出した。しかし彼は手を振って全く取り合おうとしない。

「いいや、逆に今だからこそ、だ。僕は、ロイドスタ男爵の令嬢であり、聖女候補にも選ばれたクレアージュと新たに婚約を結ぶことに決めたんだからな」
「聖女候補……ほ、本当に!?」
「噓なものか。明日から始まる聖女祭……その開催を告げるパーティーで、クレアージュは聖女候補として選出されることが決まっている。そして僕は彼女の婚約者としてパーティーに参加するんだ」

 このパーティーは王家主催によるもので、六年に一度行われる『聖女祭』の始まりを祝うものだ。
 春の始まり日となる明日より、聖女候補と呼ばれる四人の少女たちが選定の儀式を受け、そのうちからたった一人が聖女として選ばれる。そして新聖女が国王と大神官に認定され、聖霊王に祈りを捧げ終わるまでの六十日間、王国中が祝う聖女祭はクリスフェロン王国で一番重要な祭礼だ。
 今日のパーティーこそ、次代聖女選定の儀式に参加する候補者を紹介する場でもある。
 そのため、このクリスフェロン王国の成人貴族は余程のことがない限り、パーティーにはほぼ全員が参加することになっていた。
 勿論アルテミラも例外ではない。普段なら社交場には滅多に出ることのないアルテミラも、この日のため半年ぶりに田舎領地から両親と王都へとやってきていた。

「でも、それでしたらなおのこと、聖女候補を婚約者にするのはまずいのではないでしょうか?」

 聖女祭で選出された聖女は、六年の任期を全うした後で、王族と婚姻を結ぶのが通例だ。現聖女も任期後は王弟殿下の第二妃となることに決まっている。

(聖女候補が直前になって勝手に婚約を結ぶなんて! もし規則に引っかかってしまったら……)

 トマスにも叱責があるかもしれない。ぎゅっと手を握り、慌てて彼の目を見る。

「ははっ、嫉妬は醜いぞ、アルテミラ。誰がなんと言おうと、僕たち二人は引き離せない。お前とは違い、僕たちは真実の愛で結ばれているんだ」

 しかしアルテミラの心配をよそにクレアージュと呼ばれた令嬢とトマスは、さらに体を寄せ合い見つめ合う。

「嫉妬だなんて……」

 身勝手すぎる言い分に呆れて呟くアルテミラに対し、可哀想なものに助言でもするような口調でトマスは言い放った。

「婚約者が無能では箔もつかないんだよ。わかるだろう? 素直に婚約破棄を受け入れるのがお前のためだ」
「ああ……」

 あまりのことに、アルテミラの体の芯がスッと冷えた。

(悔しい。いくら気にいらない婚約者とはいえ、どうして私がここまで酷いことを言われなければならないの……私だけが悪いわけじゃないのに)

 反論しようとしても、二人の蔑むような視線に声が出てこない。何か言わなければと思えば思うほど頭がぼうっとして何も考えられなくなってしまう。

(なんだか、もうどうでもよくなっちゃったな……)

 アルテミラが全てを諦めて一つ息を吐き出したその時、酷く不機嫌そうな声が控え室のなかに響いた。

「真実の愛か……。ハッ、いいなそれは。俺も愛し合う二人とやらを引き裂く趣味はない」
「だ、誰だっ!?」
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