タイト&レイブ

レイジ

 シガーを吸いながら、バーのカウンターに座って、レイジと呼ばれた男が、依頼を待っていた。
誰がどう見ても、普通だが、ある一点が違っていた。
目の輝き。
まるで濡れた獅子のように、時々細められるその双眸は、威嚇するわけでもなく、こびるわけでもなく、そっと、グラスの琥珀に注がれている、血液のように、充血を隠す、溶け込んで、破裂する情熱を潜める、暗殺者。彼は、また、シガーをゆっくりとじらすように舐めて、そっと灰皿に落とす。
 ブラックのタバコ。
 銘柄は不明。シガーケースには、ブラックハートクロス。
 店内は、落ち着いた趣、趣向をこらした内装ではない。モルタルの壁に、しみついた染みは、まるで血の予感を漂わせるワインレッドのエンブレム。そう見えた。よく見ると、「血のような何か」。
 バーテンダーがグラスに酒を注ぐ。上質のウィスキー。香りは煽情的で、悩ましい女の獣臭、身に染みるように口に含んで、そっと喉を鳴らす。
 絡みつく辛味に、一瞬、勃起しかけて、依頼主が来た。
「こんにちは」
「……」
 タイトなレイブを踊るように、くねる姿態は、ネコ科の猛獣。
 同種の様な雰囲気は、威嚇のコスメを駆り立てる香り。シャネル。否、ハンドメイドパフューム。
「今日は、いい日ね」
 隠語だ。
「そうか、今日は、リキュールを?」
「ええ、三杯」
 殺しの依頼は三人らしい。
「もっと、他で飲まない? 私いいところを知っているのよ」
「やめておくよ」
 すると女は、バッグからペンをとり出しすっと書いた。
 そこには店の名前、女が紙にキスマークを付けて、ふっと笑う。
 街の三丁目のクラブの住所と、愛のこもらないキスマーク。真っ赤な口紅。
「私、酔ってくるとすごいのよ」
「……」
「見たい? 私のレイブ」
「ああ、見せて見ろよ」
「ふふ、やだ」
 女は、レイジの肩に触れて、そっと試すかのようにリズムを取り始めた。
「くすぐったい?」
「ああ、やめろよ」
「やだよ、一緒に行こう」
「いいよ」
「本当に」
「付き合うよ」
「やりたいだけでしょ」
「ああ、当たり前」
「死にたい?」
「ああ、死にたい」
 そっと絡みつく視線は、愛の媚薬に酔ったピエロのようにはかなく、立ち上がる女の腕をとるレイジは、少し戸惑ったような様子を装って、口元だけで笑ってみせた。
「可愛い、私、リン」
「俺はレイジ」
 手をとり合うように起き上がると、二人は、さりげなく狂うそぶりを見せて、歩く。
「そっと、歩いて、レイジ」
「そっと?」
「確かめるのよ。存在の不確かさを」
「……」
 レイジは、女と並んで歩き、バーを出る。長い、長い、長い、出口に見えた。
 銃声。
 覚醒。
 破裂。
 瞬間的に、悲鳴。バーテンダーの心臓は破裂して見えた。やられたらしい。敵に。
 正確に撃った。レイジだ。
 あと五人。
 ものの三秒。
 ドアを開けると、独りの大男。
 スパリとレイジは、革ジャンの裾からナイフを取り出し、首筋を切った。
 血は出ない。
 そのまま、外に躍り出た。
「歩け」
「はい」
「行くぞ、そのまま走るな」
「でも」
「それ以上しゃべるな。確実に殺した」
「終わったら口と手でしてあげる」
「……」
 レイジは、タクシーを拾って、女を連れ、その場を後にした。
 いきり立つ。
 女が身を寄せる。
 きつい香水、嫌いではない。
「リン、やめろ」
「はい」
「コンプリートミッション」
 隠語ではこう。
「ホテルに行こう」
「いや」
 そして二人は、手を握り合って、歓楽街から消えていった。

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