恋人は謎の冒険者
その声は確かに副ギルド長だった。
バアン!
そう思っていると、勢いよく扉が開いて本当に副ギルド長が現れた。

「副…ギルド長?」
「どういうことだ! 何の変化もないぞ!本当に飲ませたのか!」

マリベルを一瞬見て、副ギルド長はお茶を運んできた女性と最初に入口で応対した男性に怒鳴った。

「ちゃ、ちゃんと飲ませました、2回も、二回目は規定量の3倍入れました」

女性が食って掛かる。そしてほとんど空になった小瓶を副ギルド長に突きつけた。

「ふざけるな、なら、どうしてあんなふうにケロッとしているんだ、おかしいだろ!」

ビシリと副ギルド長がマリベルを指差し、彼女と二人を交互に見た。

飲ませた?
飲ませたって、何を?
マリベルは机の上の空になったカップを見る。
あの瓶の中身を自分に飲ませた?なぜ?

「もういい、おい、例のやつを寄越せ!」

副ギルド長が今度は男に向かって手を伸ばした。
男は慌ててポケットから何か取り出し、その手に乗せた。
それをちらりと確かめてから、副ギルド長はマリベルに向かって歩いてきた。

「あ、あの…副ギルド長?」
「まったく、どうなっているんだお前は。なぜ自白剤が効かない。いつの間にか魅了まで解けているし、誤算だらけだ」

副ギルド長の口から発せられた言葉にマリベルは耳を疑った。
自白剤? 魅了? どうして自分がそんなことをそれなければならないのか。
その時、不意に胸が苦しくなり吐き気が込み上げてきた。

「う…」
ゴボッ

「ぎゃあ!」

あっという間に胃の内容物が逆流して、目の前の副ギルド長に向かって思い切り吐き戻してしまった。
副ギルド長は悲鳴を上げた。
ツンとした胃液の匂いが漂い、殆どが床に落ちたが、彼のズボンの裾にも飛び散った。

「す、すみま…」
「貴様!」

一瞬のことに固まっていたが、すぐに副ギルド長はキレてマリベルに拳で殴りかかった。

「ひっ!」

殴られる!
マリベルは目を瞑って顔を背け、身を固くした。

「ぎぁあ!!」
「副ギルド長!」

しかし、拳は飛んでこず、悲鳴と何かがドスンと壁にぶつかる音、そして副ギルド長を呼ぶ聞き慣れた声が聞こえ、マリベルは片目だけを開けて恐る恐る様子を窺い、目に映った情景に驚き、今度は大きく目を開けた。

壁に張り付くようにして床に座り込む副ギルド長。そして彼に駆け寄り、助け起こそうとする男。その顔には見覚えがあった。

「エミリオ?」
「ちょっと、あんた、何なの、今のは?」

呆然としているマリベルの腕を引っ張ったのはプリシラだった。
さっきまでここに居た二人は見当たらず、代わりにエミリオとプリシラの姿があった。

「大丈夫ですか、副ギルド長!」
「う、いた、いたたた、くそっ身体防御だと? なぜだ。まさかこうなることを見越していたのか」
「身体…防御?」

忌々しく呟いた副ギルド長の言葉に、マリベルが問い返した。

「お前、いつの間にそんなことするようになったんだ!」

何とか副ギルド長を立ち上がらせてから、振り返ったエミリオが叫んだ。

「え。わたし、そんな、身体防御なんて…」
「お前を殴ろうとしたら、副ギルド長が何かに弾かれたみたいにぶっ飛んだんだ」

エミリオが起こった出来事についてマリベルに言ったが、マリベル自身そんなことをした覚えがない。

「どうやら状態異常の防御もかかっているようだ。だから薬が効かなかったんだろう」

まだふらふらとしながら、副ギルド長が言った。

「せっかくの变化魔法も、驚いた拍子に解けてしまったな」

变化魔法…そんな魔法があることは知っていたが、色々と犯罪に繋がる恐れがあるということで、随分昔にそれは法律で禁止されていた。

「くそ忌々しい…親子共々目障りなことだ」

衣服に付いたホコリを払いながら、副ギルド長はマリベルを睨みつけた。

「おい、父親から何か預かっているだろ、それを出せ。大人しく出したら命だけは助けてやる。もっとも、奴隷として売られるんだから死んだほうがましだと思うだろうが」
「え?」
「家にあるかと思って忍び込もうにも、侵入防止の変な魔法がかかっているし、お前の後をつけても見失うし、そこまで用心しているということは、やはりあるんだろ?」

次から次へと副ギルド長の口から語られる言葉のどれも、マリベルには何一つ意味がわからなかった。
言っていることはわかるが、そのどれもマリベルには思い当たるふしがなかった。
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