恋人は謎の冒険者
真っ黒な塊はすっと縦に伸びた。
それは漆黒の鎧を着た人だった。その人物がゆっくりと頭を上げると、真っ黒な兜の奥で、瞳だけが光彩を放ちこちらを見ていた。

鎧の人物は素早い速さでこちらへ辿り着くと、死骸の山から副ギルド長の頭を掴んで引っ張り上げた。

「ひいっ」と副ギルド長が悲鳴を上げた。

「た、助け…」

魔物の血と内蔵に衣服を染められた副ギルド長が、釣り上げられたまま、足をばたつかせて必死で命乞いをする。鎧の人物は無言のままそれを見つめ、ブンっとエミリオたちが埋まっている所へ放り投げた。

そしてその様子を呆然と眺めていたマリベルの方へと近づいてきて、彼女の前で跪いた。

「大丈夫ですか?」
「……!!!」

マリベルは驚きで息を詰まらせた。

「フェ、フェルさん?」

兜の奥から覗く瞳は、間違いなくフェルだ。
マリベルが声をかけると、瞬く間に兜が剥がれ、どこかに消え去り、フェル=カラレスその人の顔が目の前にあった。

「遅くなりました」
「フェルさん…魔物の氾濫(スタンビート)は?どうして?」
「あっちはひと通り大物は片付けました。後はオリヴァーやアベルたちが居れば大丈夫です」

鎧に付いていた血などを綺麗にすると、フェルはマリベルに手を差し出し、彼女を立ち上がらせた。

「オリヴァーって、軍の?アベルって、魔導騎士団の…それにその鎧…」

魔物の血などから汚れるのを守ってくれたのも、フェルだろう。匂いも風魔法か何かでこちらに来ないようにしてくれているようだ。

真っ黒な鎧。C級とは思えない実力。上級大将や魔導騎士団の副団長を呼び捨てにしていた。

「お父さんと同じくらいの人じゃなかったの?」

何がどうなっているのかわからないが、フェルが有名な魔導騎士団の黒龍、その人に違いない。
頭の中を色んな情報がグルグルと回る。
さっきガクガクと揺さぶられたからなのか、それとも惨たらしい魔物の死体を見たせいなのか、飲まされた薬のせいなのか、頭がガンガンして目の前が暗くなる。

「マリベルさん」

自分の名前を何度も呼ぶフェルの声が聞こえる。
でも、声が違う。
あれは、いつの頃だったか。
いつの間にか、あの冬の日に出会った少年の声が耳に蘇った。
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