バイバイ、リトルガール ーわたし叔父を愛していますー
迷子になった夜
すみれは部屋に帰るとバッグに財布とスマホを入れて、忍び足で玄関の扉を開け、家を飛び出した。

自分でも何がしたいのか全くわからなかった。

死にたいわけではなかったけれど、航から見えないところへ逃げ出したい、そんな衝動にかられた結果だった。

暗い夜空に折れそうな三日月が浮かんでいた。

スマホの表示は20時12分、すみれはスマホの電源を落とした。

夜更けにはまだ間があるけれど、女の子が一人で外を歩くには微妙に危うい時間だった。

すみれはどこへ行く当てもなく、ただ駅の方へ向かって歩いた。

街灯の明るさだけがすみれを励ましてくれているようだった。

犬の散歩をしている男性や、大きな排気音を出しながら走るバイクとすれ違うたびに、すみれの鼓動は不安と怖れでドキドキと早くなった。

急ぎ足で駅までの道を歩く。

駅前は帰路につく人達や、繁華街へ繰り出す人で賑わっていた。

財布の中にはなけなしの小遣いが数千円入っている。

すみれは駅前のファミリーレストランへ入ることにした。

中学生ひとりでの来店に、レジに立つ背の高い女性スタッフは眉を顰め、すみれに声を掛けた。

「もう遅い時間だけど、あなた一人?」

女性スタッフの優しい声音に肩の力が抜けたすみれはとっさに嘘をついた。

「あの・・・母に先に店に行っていなさいと言われました。もうすぐ来るはずです。」

「そう。じゃあ空いている席へどうぞ。」

その女性スタッフも子供一人の来店ではないことを知り、安心したようだった。

すみれは窓際の席へ座り、メニュー表を開いた。

ほとんど夕食を食べていないので、お腹は空いている。

食欲はやはりあまりなかったけれど、何も頼まないわけにはいかないので、チョコレートパフェを食べることにした。

甘い食べ物ならなんとか口に入る気がした。

タブレットで注文し、しばらくするとブルーの制服を着たウエイトレスがチョコレートパフェを運んで来た。

ウエイトレスは幼い顔をした子供が一人でいることを、やはり不審げに思っているようだった。

すみれは思わずバッグから財布を取り出して言った。

「お金なら持ってます。」

ウエイトレスは困ったような笑みを浮かべ、何も言わずその場を立ち去った。

すみれはゆっくりと柄の長い銀色のスプーンで、生クリームを掬い口へ運んだ。

甘くて柔らかい生クリームが口の中を満たす。

前に航と一緒にここでチョコレートパフェを食べたときは、この甘さが幸せの味だった。

けれど今はその甘さがよそよそしかった。

それでもすみれはバナナを食べ、チョコレートアイスを食べ、グラスの底に敷き詰められているフレークを食べた。

口の中いっぱいに食べ物を詰め込み、味のしないチョコレートパフェを咀嚼した。

30分かけてゆっくりと食べたけれど、ついにグラスの中は空っぽになってしまった。

すみれはぼんやりと窓の外を眺めた。

暗い夜の街をタクシーが走り去って行く。

天国のパパやママが今の私を見たら、悲しむだろうか。

すみれはこのときほど、両親がいないことを惨めに思ったことはなかった。

いつまで経っても母親が来ない子供の客を訝しんだスタッフが、再びすみれに声を掛けた。

今度はさきほどの女性スタッフではなく、店長らしき中年男性のスタッフだった。

「お嬢ちゃん。まだお母さんは来ないのかな?スマホで連絡してみた?」

「あ・・・えっと先に帰ってしまったようで、私ももう帰ります。」

「一人で大丈夫?」

「はい。家はすぐそこなので。」

すみれは席を立ち、レジでチョコレートパフェの料金を払い、なおも疑わしい顔をするスタッフから逃げるように店を出た。

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