バイバイ、リトルガール ーわたし叔父を愛していますー
全てが終わった日の真夜中、すみれが喉を潤そうとキッチンへ向かうと、客室から物音が聞こえた。

そっと部屋を覗くと、航が桔梗の遺影の前に跪き、声を殺して泣いていた。

「航君・・・。」

「すみれ・・・起きてたのか。」

「麦茶を飲もうと思って・・・」

航は頬に流れる涙を拭うと、口元だけで笑ってみせた。

「情けないところを見られたな。」

すみれは大きく首を振った。

「情けなくなんかないよ。航君は立派だよ。」

「俺は・・・実のお袋に何もしてやれなかった。」

「ううん。桔梗お祖母ちゃんは航君が京都から戻って来てくれたことをとても喜んでたよ。航は優しい子だって、いつもそう言ってたよ。」

「・・・そうか。」

なおも悲しみに項垂れる航の姿を見た瞬間、考える間もなくすみれの身体は動いていた。

すみれはそっと航に近づき、背中から航をふわりと抱きしめた。

航の身体がビクッと震えた。

「すみれ・・・?」

すみれは自分の顔を航の広い背中に押し付けた。

「私がいるよ。私がずっと航君のそばにいる。」

航はしばらくその体勢で固まっていた。

泣きはらした赤い目で、航はすみれの方を振り向いた。

そしてすみれの両肩を掴み、その身体を引き離した。

「航君・・・?」

航は小さな子供に言い聞かせるような口調で言った。

「すみれ。お前はもう大人なんだから、むやみに俺の身体に抱きついてはいけないよ。」

「どうして?」

「どうしてもだ。」

ずっと心の奥底に仕舞いこんでいた感情が激流のように迸り、すみれは溢れ出す言葉を止められなかった。

「私、航君が好きなの。初めて出逢ったときからずっと好きだった。私、中学生の時に家出したあと航君に告白したよね。あの頃の想いと今も全く変わっていない。ううん。あの頃よりもっと航君のことが好き。大好き。」

「・・・・・・。」

「私には航君が全てなの。航君がいればそれでいい。他には何もいらない。」

「すみれ。」

航は優しく微笑んだ。

「お前がそう言ってくれるのはすごく嬉しい。でもそれはきっとヒナの刷り込みってやつだ。産まれたばかりのヒナは初めて見たものを親として認識し追いかける。すみれはその感情を恋愛と勘違いしているだけだ。もっと広い世界を見渡してごらん。俺みたいなオヤジよりも若くていい男が沢山いるはずだよ。」

「違う。航君は親鳥なんかじゃない!」

すみれはいやいやをするように首を振りながら、航の胸にしがみついた。

「俺もすみれが大好きだよ。誰よりも何よりも大切だし愛してる・・・でも駄目なんだ。お前は俺の姪だから。」

航の言葉にすみれはなおも言い募った。

「姪なんかじゃない!私、お祖母ちゃんから聞いたの。航君と私は血が繋がってないって。血が繋がってないのなら、私と航君は本当の叔父と姪じゃないでしょ?」

「それでもだ!」

航がすみれの言葉を遮るように叫んだ。

「俺にとってすみれはいくつになっても、守るべき小さな女の子なんだ。俺なんかの手で汚すことが許されていいはずがない。」

「航君・・・。私を女として愛してよ・・・」

「すみれ。わかってくれ。」

「いや!わからない。わかりたくなんかない!」

「すみれ・・・。」

すみれは航の身体に自分の腕をきつく絡ませ、必死に抱きついた。

航の腕が一瞬だけ、すみれの身体を強く抱き寄せた。

けれどすぐに腕の力を弱め、すみれの身体から離れた。

航の顔は何かを堪えるように唇を噛みしめていた。

そんな航の姿にすみれは呼吸も出来なくなるほど胸が苦しくなった。

こんなに辛そうな顔をさせているのは誰?

・・・私だ。

私が気持ちを一方的に押し付けたからだ。

私は航君から拒絶されたのだ。

私は航君から女として愛される可能性を永久に失ったのだ。

「・・・それでも私は・・・航君が受け入れてくれなくても私は・・・ずっとずっと航君が好きだよ。」

すみれはそんな呪いの言葉を残し、泣きながら自分の部屋へ逃げた。

部屋に戻ってからも、すみれはベッドの上で泣き続けた。

泣いて泣いて、泣き疲れて、いつしか眠りに落ちていた。

夢の中のすみれは教会のチャペルで、純白のウエディングドレスを着て航を待っていた。

けれどいつまで待っても航は来ない。

航を探し、すみれは教会を飛び出した。

泣きながらいつまでも探し続けた。

いつしか夢から覚めたすみれの頬を、再び溢れ出す涙が濡らした。


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