初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
妻が気になる夫と娘が気になる妻
 オネルヴァの目はぱちくりと冴えていた。先ほどのイグナーツの告白が、彼女の心を乱している。
 彼女の部屋の魔石灯は、いつもヘニーが明るさを調整してくれるため、室内は真っ暗である。それでも目は慣れてきて、天蓋がぼんやりと浮かび上がっていた。
 腕に抱きかかえているくたっとしたうさぎのぬいぐるみに力を込める。
 隣の部屋へと続く扉に視線だけを向けた。一度も足を踏み入れたことのない部屋だが、今は気になって仕方なかった。さらにその部屋の奥はイグナーツの部屋に続いている。
 小さく息を漏らす。
 やはり彼の言葉が信じられないという気持ちが強かった。それに彼の顔色が悪かったのも気になっている。
 本人は心配ないと口にしていたが、オネルヴァとしては心に引っかかるものがあった。
 それに、眠れぬ原因は他にある。
 なぜ、魔力を用いてぬいぐるみを作るのが、魔力解放に繋がるのか。
 それがわからず彼に尋ねてみたところ、きっかけはエルシーの誕生とのことだった。
『そういえば。君にはきちんと伝えていなかったな』
 自嘲気味に笑った彼の表情が、今でもまざまざと思い出された。
『エルシーは俺の娘ではないんだ。五年前、彼女の両親――俺の弟夫婦が亡くなったから、俺が引き取った』
 その言葉を聞いたときのオネルヴァは、きっと間抜けな顔をしていただろう。口をぽかんと開けていたかもしれない。
 その事実に、心臓は大きく震えた。
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