Far away ~いつまでも、君を・・・~
平日はほとんど定時上がりの彩だが、この日はいつもにも増して、手早く後かたずけを済ますと


「お先に失礼します。」


と周囲に挨拶して、そそくさとオフィスを後にした。


(大丈夫って言ってたけど、あっちも本当に定時で上がれるのかな・・・?)


少し心配になりながら、着換えを済ませ、通用口を出ると


「お疲れさん。」


という声が聞こえて来て、驚いて振り向くと、そこには笑顔の斗真の姿が。


「せ・・・斗真さん。」


ぎこちなく呼び掛けると


「今、先輩って言いかけなかったか?」


「えっ・・・すみません。」


「約束、忘れてないよな?」


「は、はい・・・。」


「今回はまぁ大目に見てやる。次は、罰ゲームだからな。」


そう言って、いたずらっぽく笑った斗真は


「さ、行こう。」


彩の手を取って、歩き出す。


えっ、ここでもう手をつなぐの・・・仕事場を出たばかりで、さすがに彩は恥ずかしかったが、そんなことを言っても聞いてくれる人じゃない。彩は諦めて、そのまま手を預けて歩き出す。


「早かったですね?」


斗真の顔を見られずに、少し顔を赤らめながら尋ねる彩。


「ああ、仕事適当に抜けて来たから。」


「えっ?大丈夫なんですか?」


「安心しろ。要するに、俺フレックス勤務なんだよ。」


心配そうな彩に、そう言って笑って見せた斗真は、彼女の肩を抱く。


(ちょ、ちょっと・・・。)


ボディタッチのランクが1つ上がって、彩は内心慌てながら、また顔を赤らめる。


「可愛いな、彩は。」


まだ「彩」と呼ばれることにも「斗真さん」と呼ぶことにも慣れていない新恋人の仕種に、斗真は嬉しそうな笑みを浮かべる。


「斗真は今まで彩には、優しい先輩としての顔ばかり見せてただろうけど、アイツ意外と俺様気質だから、覚悟しときなよ。」


そう言って、笑っていた由理佳の顔を思い出す。彩はそんな斗真に戸惑いを覚える反面、嫌では決してなかった。


「この間のステ-キハウス行くか?」


「えっ?そんな高いところじゃなくても・・・。」


「いいじゃないか、この前は接待であんまり味わえなかったからな。改めて彩とゆっくり食べたいんだよ。」


「そう言えば、あの時の女性とは、どうなったんですか?」


「気になるか?」


「はい・・・。」


「俺は他に女がいて、お前を口説くような真似はしないよ。」


不安げに自分を見る彩にそう言い切ると、斗真は安心させるかのように、彼女の頭を軽くポンポンとすると、笑顔を見せた。
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