千燈花〜ETERNAL LOVE〜
中宮は蹴鞠の様子を眺めながら、時折目を細めては懐かしんでいるように見えた。
「燈花や。あの二人の父親の日十大王だがな、先代の大王だ。都での政を執り行い、朝廷の政務を支えた偉大な人物だ。可哀想に幼き時に母親を亡くしてな、私のもとで他の皇子たちと同様に育ったのだ。家族同然だ。特に息子の竹田皇子とは年も近く実の兄弟のように仲が良かった。だが数年前二人とも急な病で死んでしまった…私が先に逝けば良かったものを…」
中宮はしわしわの手をぎゅっと握って寂しそうに膝の上に広げた刺繍画を見つめた。
「中宮様、そんな…」
それ以上の言葉が見つからなかった。こんな時に限り慰めの言葉が何一つ思いつかない。ただただ静かに共に刺繍画を見つめる事しか出来なかった。
推古天皇は息子の死を大変嘆いたと、史書で読んだことがあるわ…子供が先に逝くなんて、どの時代でも、母親は想像を絶する苦しみのはず…
そんな事を考えながら蹴鞠の様子をぼーっと眺めていた。
ドン、
「クッ…」
突然、大きな音と共に目の前の地面に林臣が倒れこんだ。押さえた腕から血のようなものが滲み出している。
「若様!丈夫ですか⁉︎」
臣下の猪手が急いで走り寄った。
「大丈夫だ…くっ…」
「若様、急ぎ屋敷に戻りましょう」
猪手が慌てて言った。
「大丈夫か林太郎?どうしたのだ、今の転倒で怪我をしたのか?見せてみろ」
山代王が近寄り言った。私も心配になり横たわる林臣に近づいた。
「大した事はない」
林臣がぶっきらぼうに答えたが、私も即座に答えた。
「動かないで下さい。今動いたら傷口が広がり悪化してしまいます。すぐに消毒をして布で傷口をふさがないと…」
あまりにも腕から出血している。深い傷を負っているのは一目瞭然だった。相手が誰であろうと見て見ぬふりをするのは私の信条ではない。余計な事だと知りつつも林臣の腕に触れようとした。
「触るな」
ギロっと林臣が睨んで言った。その冷たい眼差しと冷酷な口調に一瞬で体が凍りついた。
「出過ぎた真似を…申し訳ありません…」
小さな震える声で言うのが精一杯だった。
「しかし林太郎、燈花の言う通りだ。今、屋敷の医官を呼んでくるゆえ、ここで大人しく待て」
大王がピシャリと言った。
「お心遣いに感謝致しますが、その必要はございません。中宮様、大王様、山代王様、長居しすぎたようです。これにて失礼いたします。猪手!屋敷に戻るぞ」
「はっ、はい」
林臣はすくっと立ち上がり頭を下げると腕を流れる血などお構い無しで、臣下達を連れて門に向かい歩き始めた。
「全く頑なな困った奴だ…」
山代王がその後ろ姿を見ながら呆れたように言った。しばらくして皆で屋敷に戻ろうとした時だ、庭の奥に猪手がハァハァと息を切らしながら走ってくる姿が見えた。こちらの姿を確認したのか、待ってくれとでも言うように大きく手を振っている。
「どうしたのだ?」
「はぁはぁはぁ、、ぶ、無礼を承知の上で申し上げます。中宮さま、実は今日、その、…薬草を分けて頂きたく参ったのです」
「薬草だと?」
列の後ろにいた中宮が前に出てきて言った。猪手は中宮の前で地面に膝をつくと息を整えながら事の次第を話し始めた。
「実は若様が数日前に山に入られた際、獣に襲われたようなのです。いつもは用心深く慎重なお方で無理はされないのですが…思いの外、傷が深く悪化しているのです。こちらの小墾田宮の薬草庫に傷口に良く効く薬があると聞き、分けて頂きたく今日参った次第です」
「燈花や。あの二人の父親の日十大王だがな、先代の大王だ。都での政を執り行い、朝廷の政務を支えた偉大な人物だ。可哀想に幼き時に母親を亡くしてな、私のもとで他の皇子たちと同様に育ったのだ。家族同然だ。特に息子の竹田皇子とは年も近く実の兄弟のように仲が良かった。だが数年前二人とも急な病で死んでしまった…私が先に逝けば良かったものを…」
中宮はしわしわの手をぎゅっと握って寂しそうに膝の上に広げた刺繍画を見つめた。
「中宮様、そんな…」
それ以上の言葉が見つからなかった。こんな時に限り慰めの言葉が何一つ思いつかない。ただただ静かに共に刺繍画を見つめる事しか出来なかった。
推古天皇は息子の死を大変嘆いたと、史書で読んだことがあるわ…子供が先に逝くなんて、どの時代でも、母親は想像を絶する苦しみのはず…
そんな事を考えながら蹴鞠の様子をぼーっと眺めていた。
ドン、
「クッ…」
突然、大きな音と共に目の前の地面に林臣が倒れこんだ。押さえた腕から血のようなものが滲み出している。
「若様!丈夫ですか⁉︎」
臣下の猪手が急いで走り寄った。
「大丈夫だ…くっ…」
「若様、急ぎ屋敷に戻りましょう」
猪手が慌てて言った。
「大丈夫か林太郎?どうしたのだ、今の転倒で怪我をしたのか?見せてみろ」
山代王が近寄り言った。私も心配になり横たわる林臣に近づいた。
「大した事はない」
林臣がぶっきらぼうに答えたが、私も即座に答えた。
「動かないで下さい。今動いたら傷口が広がり悪化してしまいます。すぐに消毒をして布で傷口をふさがないと…」
あまりにも腕から出血している。深い傷を負っているのは一目瞭然だった。相手が誰であろうと見て見ぬふりをするのは私の信条ではない。余計な事だと知りつつも林臣の腕に触れようとした。
「触るな」
ギロっと林臣が睨んで言った。その冷たい眼差しと冷酷な口調に一瞬で体が凍りついた。
「出過ぎた真似を…申し訳ありません…」
小さな震える声で言うのが精一杯だった。
「しかし林太郎、燈花の言う通りだ。今、屋敷の医官を呼んでくるゆえ、ここで大人しく待て」
大王がピシャリと言った。
「お心遣いに感謝致しますが、その必要はございません。中宮様、大王様、山代王様、長居しすぎたようです。これにて失礼いたします。猪手!屋敷に戻るぞ」
「はっ、はい」
林臣はすくっと立ち上がり頭を下げると腕を流れる血などお構い無しで、臣下達を連れて門に向かい歩き始めた。
「全く頑なな困った奴だ…」
山代王がその後ろ姿を見ながら呆れたように言った。しばらくして皆で屋敷に戻ろうとした時だ、庭の奥に猪手がハァハァと息を切らしながら走ってくる姿が見えた。こちらの姿を確認したのか、待ってくれとでも言うように大きく手を振っている。
「どうしたのだ?」
「はぁはぁはぁ、、ぶ、無礼を承知の上で申し上げます。中宮さま、実は今日、その、…薬草を分けて頂きたく参ったのです」
「薬草だと?」
列の後ろにいた中宮が前に出てきて言った。猪手は中宮の前で地面に膝をつくと息を整えながら事の次第を話し始めた。
「実は若様が数日前に山に入られた際、獣に襲われたようなのです。いつもは用心深く慎重なお方で無理はされないのですが…思いの外、傷が深く悪化しているのです。こちらの小墾田宮の薬草庫に傷口に良く効く薬があると聞き、分けて頂きたく今日参った次第です」