千燈花〜ETERNAL LOVE〜
「何故それを早く言わぬのだ!怪我をしている体で蹴鞠など、あの子も無茶なことを…」
中宮が言った。
「はい、申し上げたかったのですが若様が拒まれたので、どうすることも出来ませんでした。せめて薬草だけでも頂きたく、私の独断でこのように戻って参りました」
「…数日前?…どこの山だ?」
山代王が聞いた。
「詳しい事はわかりませんが、確かその日、若様は一人朝早くから稲淵方面へと向かっておりました。おそらくどこかの山の麓の道を通られたと思います…」
「まさか北山か?」
山代王が即座に聞いた。
「それがわからぬのです。若様に聞いても何故か答えてくれぬのです。しかし、北山の前をいつも通りますが、山に入る事はありません」
「そうか…」
山代王が静かに頷くと、
「どうしたのだ?」
中宮が心配そうに山代王を見た。
「いえ、先日、燈花らを探しに北山に入ったのです。無事二人を見つけたあと橘宮へ送り届けたのですが、そのあともう一度あの山に戻りました。その時に何者かに殺されているイノシシを確認したのですが、そのイノシシの牙にも何者かを噛んだような血が残っていたのです。しかし、林太郎が一人わざわざあの山に入る理由がありませんし、性格からして余程の事情がない限り無理はしないはず。きっと別の狩の時に軽い傷を負ったのでしょう。今の時期どこの山にも獣が多く現れますゆえ」
「軽い傷とはいえ、傷口を侮ってはいけない。化膿でもしたら大変だからな、今、薬草庫を確認させるゆえ、ここで待ちなさい」
中宮が使用人達に急いで薬袋を持ってこさせた。
「感謝いたします」
猪手は薬袋を受けとるとお礼を言い、深くお辞儀をして駆け出した。彼が去ると、
「そうだ、燈花そなたの髪飾りだが、今日は探しに行けなかったがまた、後日探しに行くゆえ、安心してほしい」
山代王が優しく私に言った。
「とんでもないお言葉です、雨の中、探し物をさせてしまい大変申し訳なく思っております。風邪をひかれたのではないかと、ずっと気がきではありませんでした。髪飾りはもう良いのです。また縁があればこの手に戻ってくることでしょう。ですから心配無用です。この時期に山に入るのはやはり危険ですからお止めください」
「そうか…では今度、共に市に行こう。そなたに似合う髪飾りを贈りたいのだ」
「お心遣いに感謝申し上げますが、お気持ちだけで十分でございます」
私はその申し出を丁寧に断った。もらう理由がないからだ。
「そなたは実に欲のない珍しい女人だ」
そう言って大王と山代王は顔を見合わせた後、私を見て大笑いしはじめた。横でこのやりとりを見ていた小彩もクスクス笑っている。何がおかしいいのだろうと、私だけが理解出来ていないようで少しだけ居心地が悪かった。
「燈花よ、今日は遅くまでひき止めてしまってすまなかったな。太郎の事だか許してやっておくれ。無愛想で少々冷たく感じるかもしれないが心根は優しい子なのだ。小さい頃から見てきた。あの子もまた実の孫のような存在だ」
しみじみと中宮が私に言った。
「はい、また会いに参ります」
「そうしておくれ」
私と小彩は一礼して迎えの馬車に乗りこんだ。帰りの馬車の中で小彩に思い切って林臣のことを尋ねた。
「小彩あなた以前より林臣様をご存知なのでしょう?年も近そうだし…お話したことはあるの?」
「いいえ、もちろんありませんよ!林臣様はいつも無表情で近寄りがたいですし、この間の橋での出来事もございますので、恐ろしい限りです…」
小彩が怯えたように肩をすくめた。
林臣様は皇族ではなさそうだし、まだ若く朝廷で力を持っているようにもみえない…なぜそんなに小彩は怯えるのだろう…
「ねぇ…北山での時は私達二人だけだったわよね?」
「はい、そう思います。あの山は稲淵に通じておりますが、私達が行った場所は少し奥まっていてさらに獣道よりも少し外れていますので、通りすがりの人間はめったに居ないはずです」
「そうよね…」
でも思い返せば妙だった。北山でのあの時、確かにイノシシが十数メートル先にいて、こっちを見ていた。でも急に姿がなくなり私達は助かった。どこか腑に落ちなかった。
すっかり暗くなった夜空を眺めているうちに馬車の揺れが心地よくなり、いつものように寝てしまった。
中宮が言った。
「はい、申し上げたかったのですが若様が拒まれたので、どうすることも出来ませんでした。せめて薬草だけでも頂きたく、私の独断でこのように戻って参りました」
「…数日前?…どこの山だ?」
山代王が聞いた。
「詳しい事はわかりませんが、確かその日、若様は一人朝早くから稲淵方面へと向かっておりました。おそらくどこかの山の麓の道を通られたと思います…」
「まさか北山か?」
山代王が即座に聞いた。
「それがわからぬのです。若様に聞いても何故か答えてくれぬのです。しかし、北山の前をいつも通りますが、山に入る事はありません」
「そうか…」
山代王が静かに頷くと、
「どうしたのだ?」
中宮が心配そうに山代王を見た。
「いえ、先日、燈花らを探しに北山に入ったのです。無事二人を見つけたあと橘宮へ送り届けたのですが、そのあともう一度あの山に戻りました。その時に何者かに殺されているイノシシを確認したのですが、そのイノシシの牙にも何者かを噛んだような血が残っていたのです。しかし、林太郎が一人わざわざあの山に入る理由がありませんし、性格からして余程の事情がない限り無理はしないはず。きっと別の狩の時に軽い傷を負ったのでしょう。今の時期どこの山にも獣が多く現れますゆえ」
「軽い傷とはいえ、傷口を侮ってはいけない。化膿でもしたら大変だからな、今、薬草庫を確認させるゆえ、ここで待ちなさい」
中宮が使用人達に急いで薬袋を持ってこさせた。
「感謝いたします」
猪手は薬袋を受けとるとお礼を言い、深くお辞儀をして駆け出した。彼が去ると、
「そうだ、燈花そなたの髪飾りだが、今日は探しに行けなかったがまた、後日探しに行くゆえ、安心してほしい」
山代王が優しく私に言った。
「とんでもないお言葉です、雨の中、探し物をさせてしまい大変申し訳なく思っております。風邪をひかれたのではないかと、ずっと気がきではありませんでした。髪飾りはもう良いのです。また縁があればこの手に戻ってくることでしょう。ですから心配無用です。この時期に山に入るのはやはり危険ですからお止めください」
「そうか…では今度、共に市に行こう。そなたに似合う髪飾りを贈りたいのだ」
「お心遣いに感謝申し上げますが、お気持ちだけで十分でございます」
私はその申し出を丁寧に断った。もらう理由がないからだ。
「そなたは実に欲のない珍しい女人だ」
そう言って大王と山代王は顔を見合わせた後、私を見て大笑いしはじめた。横でこのやりとりを見ていた小彩もクスクス笑っている。何がおかしいいのだろうと、私だけが理解出来ていないようで少しだけ居心地が悪かった。
「燈花よ、今日は遅くまでひき止めてしまってすまなかったな。太郎の事だか許してやっておくれ。無愛想で少々冷たく感じるかもしれないが心根は優しい子なのだ。小さい頃から見てきた。あの子もまた実の孫のような存在だ」
しみじみと中宮が私に言った。
「はい、また会いに参ります」
「そうしておくれ」
私と小彩は一礼して迎えの馬車に乗りこんだ。帰りの馬車の中で小彩に思い切って林臣のことを尋ねた。
「小彩あなた以前より林臣様をご存知なのでしょう?年も近そうだし…お話したことはあるの?」
「いいえ、もちろんありませんよ!林臣様はいつも無表情で近寄りがたいですし、この間の橋での出来事もございますので、恐ろしい限りです…」
小彩が怯えたように肩をすくめた。
林臣様は皇族ではなさそうだし、まだ若く朝廷で力を持っているようにもみえない…なぜそんなに小彩は怯えるのだろう…
「ねぇ…北山での時は私達二人だけだったわよね?」
「はい、そう思います。あの山は稲淵に通じておりますが、私達が行った場所は少し奥まっていてさらに獣道よりも少し外れていますので、通りすがりの人間はめったに居ないはずです」
「そうよね…」
でも思い返せば妙だった。北山でのあの時、確かにイノシシが十数メートル先にいて、こっちを見ていた。でも急に姿がなくなり私達は助かった。どこか腑に落ちなかった。
すっかり暗くなった夜空を眺めているうちに馬車の揺れが心地よくなり、いつものように寝てしまった。