千燈花〜ETERNAL LOVE〜
 途中なんども休憩したこともあり飛鳥の都に到着した頃には夕暮れで空は薄暗くなっていた。橘宮(たちばなのみや)の東門付近に松明の灯りがぼんやりと見える。門の前に馬番の漢人(あやひと)、宮の長である六鯨(むげ)と何人かの侍女たちの姿が見えた。

 「燈花(とうか)さま、お帰りなさいませ」

 門番の漢人(あやひと)が言った。

 「遅くなりごめんなさい。寒かったでしょう?」

 「燈花(とうか)さまこそ長旅で、さぞやお疲れでしょう。積み荷は私どもで運びますので、もう休まれて下さい」

  六鯨(むげ)が言った。彼は橘宮(たちばなのみや)の侍女や使用人を取り仕切る長だ。彼が意識のない私をこの宮まで運んでくれたまさに恩人だ。

 「六鯨(むげ)さん久しぶりね、斑鳩(いかるが)から戻ってきてたのね」

 「長らく宮を離れてしまい申し訳ありません」

 六鯨(むげ)があたまをかいた。

 「燈花(とうか)さま、長旅だったのに、お顔の色が良いですね。やはり宇陀の湯の効果ですか?」

 侍女の小帆(こほ)が栗の籠を運びながら聞いてきた。彼女もまたこの宮の最年少の采女(うねめ)だ。

 「そ、そんな事ないわよ、長旅で疲れたのだから顔色は悪いに決まってるわ」

 自分の顔色などわからないし、もしかすると頬が赤い可能性もあると思い慌てて否定した。

 「そうですか…でも、以前よりもお顔の色が良いように見えるのです。特に頬のあたりも桃色に…」

 と言いジロジロと顔を見てきたので驚いて両手で頬を隠した。小彩(こさ)がニヤリと意地悪く見てきたけれど、コホンと咳払いを一つしこんな時こそ堂々としなければと自分を奮い立たせピシャリと言った。

 「小帆(こほ)、まだまだ馬車に木の実や果実が入った荷が沢山残っているから、すぐに倉に運んでちょうだい」
 
 「はぁい…」

 小帆(こほ)は納得がいかないという様にぷくっと頬を膨らませると、籠を持って行ってしまった。

 久しぶりの橘宮(たちばなのみや)は本当に気持ちが落ち着いた。十日ほどしか宮を離れていないがなぜがとても長い間離れていたようにも感じ、懐かしかった。しかしよくよく数えてみれば飛鳥に来てもう数ヶ月経っている。自分の部屋に戻りゴロンと冷たい床に転がり、慣れ親しんだ天井を見上げ目を閉じた。

  はぁ、疲れた…この先どうなるだろうか…茅渟王(ちぬおう)さまにも返事をしなくてはならないし…

 蝋燭の炎が外から吹き込んだ冷たい風でチラチラと揺れ今にも消えそうだ。色々考えなければいけない事だらけであったが、今までの人生では味わえなかった眠っていた感情がどんどん引き出され、心と感情が色づいていくのがわかった。色々な感情が入り乱れ人生とは本当はこうあるべきなのかもしれないと思った。そう思うと良くも悪くも充実感で胸がいっぱいになった。

 とにかく、今を大切に生きよう…この先何が起きても…そう思いながら深い眠りについた。


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